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祐兵さんと豊久くん ――日向の空の下で――  作者: Gさん


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第二十一話 雨の夜の対話

祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介


祐兵(すけたか)さん…伊東祐兵いとう すけたか。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。

豊久(とよひさ)くん…島津豊久しまづ とよひさ。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。

晩秋の夜、激しい雨が降っていた。


祐兵(すけたか)は書庫で書物を整理していた時


豊久(とよひさ)が訪ねてきた。


全身びしょ濡れだ。


「豊久殿、こんな天気に何を?」


「いえ...少し考えごとがあって、歩いていたら...」


豊久が苦笑いした。


「愚かな。風邪をひいたら大変だ。服を着替えなさい」


祐兵は豊久を奥へ導き、着替えを持ってきた。


豊久が着替え終わると、二人は火鉢の側に座った。


「あの、祐兵殿」


豊久が重い口を開いた。


「私は...何のために生きているのだろうかと」


祐兵が豊久を見た。


「どうした?急に」


「いや...先日、城下で老人が亡くなったのを聞きました。その者は、七十年も生きたそうです」


豊久が遠くを見つめた。


「そう聞いて、ふと思ったのです。自分は何を成し遂げたのかと」


「七十年か...」


祐兵は火鉢を見つめた。


「はい。その人は、多くの子孫を残し、城下でも尊敬されていたと。しかし、私はどうでしょう。武芸は得意ですが、何か大きなことを成し遂げたわけではありません」


雨の音が激しく、屋根を叩いている。


祐兵は少し考えてから、ゆっくりと話し始めた。


「豊久殿よ。人生とは何か、という問いは古くからある」


祐兵が書庫から一冊の本を取り出した。


「この書にも書かれている」


「何と書かれているのですか?」


「『人の人生の価値は、その期間の長さではなく、その質にある』とな」


祐兵は本を読んだ。


「質ですか...」


「ああ。豊久殿は何を成し遂げたか、と言った。だが、それは測れるものではないのだ」


祐兵が身を乗り出した。


「例えば、太郎殿。彼は門番だが、城下の者たちから信頼されている」


「確かに...」


「例えば、シロ。彼は何も成し遂げていないが、俺たちに喜びをくれている」


「それは...」


「例えば、豊久殿」


祐兵が豊久を見た。


「豊久殿は、俺の人生を変えた。俺だけではない、城下の者たちも、その存在で変わった。それが豊久殿の成し遂げたことではないか」


豊久の目が涙ぐんでいた。


「祐兵殿...」


「人は一人では生きていない。互いに影響を与え、与えられている。その繋がりの中で、初めて人生は意味を持つのだ」


祐兵は続けた。


「俺が知識を得るのは何のためか。豊久殿のような友が少しでも理解できるため、城下の者たちのためだ。豊久殿が武芸を極めるのは何のためか。民を守るため、友を守るためではないか」


豊久は涙を流していた。


「分かりました...俺は一人ではない。祐兵殿がいて、城下の者たちがいて...」


「そうだ。そして、豊久殿がいることで、俺たちも存在できる」


二人は黙って火鉢を見つめた。


雨は相変わらず激しく降っている。


やがて、豊久が落ち着きを取り戻した。


「祐兵殿、ありがとうございます。心が重かったのですが、少し軽くなりました」


「当然だ。悩むのは誰にでもある。だが、その先には必ず答えがある」


「では、その答えを...」


「自分たちで見つけるのだ。俺たちの日常の中で、な」


豊久は頷いた。


祐兵は茶を淹れた。


「この茶でも飲もう。暖まるだろう」


二人は夜深く、火鉢の側で茶を飲んだ。


雨音は次第に優しくなっていき、やがて止んだ。


夜明け前、豊久が立ち上がった。


「祐兵殿、ありがとうございました。今夜の話は、生涯忘れません」


「豊久殿こそ、そういう問いを持つ心があるから良いのだ」


祐兵が笑った。


「では、また明日」


「ああ。いや...」


祐兵が豊久を呼び止めた。


「今日の話は、誰にも言わぬでいい。これは俺たちの秘密だ」


豊久は嬉しそうに頷いた。


「かしこまりました」


豊久が去った後、祐兵は窓を開いた。


雨は止み、朝焼けが空を染めている。


「豊久殿も悩むのか...」


祐兵は呟いた。


「だが、その悩みは必ず二人を強くするだろう」


祐兵も茶を飲みながら、夜明けを迎えた。



その日から、二人の間に微妙な変化が生まれた。


豊久(とよひさ)は相変わらず訪ねてくるが、以前とは違う。


彼の目には、何か悟りのようなものが宿っていた。


祐兵(すけたか)殿、今日は将棋をしませんか?」


豊久の将棋の指し方も変わっていた。


以前の豊久は、率直で直感的だった。


だが今、豊久は相手の気持ちを読もうとしている。


「豊久殿、変わったな」


祐兵が言った。


「変わりましたか?」


豊久が照れ笑いをした。


「ああ。前より慎重になった。だが、それは悪いことではない」


「あの夜の話が影響しているのかもしれません」


豊久が言った。


「そうか」


「自分が何のために生きるのか、考えるようになったのです」


豊久は駒を置く。


「そうすると、一つ一つの行動に意味が出てきた気がします」


「それだ」


祐兵が微笑んだ。


「最初は重かったのですが、今は軽い。理由が分かると、力も出ます」


二人は将棋を続けた。


今度はわずかな差で豊久が勝った。


「参りました...」


祐兵が頭を下げた。


「祐兵殿、今日は違いました。何か考えごとですか?」


豊久が心配そうに言った。


「いや」


祐兵が笑った。


「豊久殿が強くなったのだ。それが嬉しくてな」


「そうですか?」


豊久も笑った。


その後、二人の日常はより一層充実していった。


読書会でも、二人の対話は深さを増した。


物語について、人生について、世界について。


豊久の質問は鋭くなり、祐兵の回答も精密になった。


ある晩、豊久が聞いた。


「祐兵殿は、俺たちが出会わなかったら、どうなっていたと思いますか?」


「そうだな...」


祐兵が考えた。


「多くの本を読んでいただろう。だが、その知識は死んだものになっていたかもしれぬ」


「死んだもの?」


「ああ。知識も、それを使う者がいなければ、ただの文字の集まりに過ぎぬ。だが、豊久殿のような友がいることで、知識は生き物になる」


豊久は頷いた。


「では、俺はどうでしょう?」


「豊久殿は...」


祐兵が言った。


「強かっただろう。だが、その強さの意味を知らなかったかもしれぬ」


「強さの意味ですか」


「ああ。強さとは何のためにあるのか。誰を守るためなのか。そういう問いを持つことが大切なのだ」


豊久は深く頷いた。


「祐兵殿と共にいるから、俺は強さの意味が分かります」


「ならば、俺たちは互いに欠かせない存在だ」


「ええ」


豊久が微笑んだ。


二人は無言で火鉢を見つめた。


外では夜の虫が鳴いている。


秋はもう終わり、冬へ向かっている。


だが、二人の心は温かい。


それは、互いを認め、互いに依存し、互いに成長する関係だからだ。



時が経つにつれ、城下にも変化が訪れていた。


祐兵(すけたか)豊久(とよひさ)の話は、自然と広がっていた。


かつて敵同士だった伊東家と島津家の若君たちが、兄弟のように過ごしている。


その話を聞いて、城下の者たちも考え始めた。


「もう、戦う必要はないのではないか」


そういう声が、静かに増えていった。


ある日、太郎が祐兵と豊久に言った。


「若君たちのおかげで、城下は変わりました」


「変わった?」


祐兵が聞いた。


「ええ。以前は、伊東と島津の商人は別の市場を使っていたのです。だが、今は一緒です」


豊久が驚いた。


「そんなことまで?」


「はい。若君たちを見ていると、『違う家であっても、人間同士は分かり合える』と皆が思うようになったのです」


祐兵と豊久は顔を見合わせた。


「俺たちが特に何かしたわけではないのに...」


豊久が言った。


「いえ」


太郎が首を振った。


「若君たちが、ただ友として時間を過ごしている。その姿が、何よりの説得なのです」


帰り道、豊久が呟いた。


「祐兵殿、俺たちの存在が、こんなに大きな影響を与えているなんて...」


「ああ」


祐兵が静かに答えた。


「だからこそ、俺たちは責任がある」


「責任ですか」


「ああ。この平和を保つ責任だ。そして、これからも互いに学び続ける責任だ」


豊久は頷いた。


「分かりました。俺も、全力でそれに応じます」


二人は夕焼けの中を歩んだ。


城下の人々が、二人の姿を見守っている。


彼らは気づかなかったが


二人の存在は、すでに城下全体を変え始めていた。



その夜、二人は屋根の上に座っていた。


月が美しく、星が瞬いている。


祐兵(すけたか)殿」


豊久(とよひさ)が空を見上げた。


「先日の峠を越えたとき、向こう側の風景が綺麗だったのを覚えていますか?」


「ああ。違う世界だった」


「あのような景色が、どれだけあるのだろうか」


豊久が言った。


「日向の外には、どのような国があるのか」


「多くの国がある」


祐兵が答えた。


「海の向こうには遠い国もある」


「そこには、俺たちのような友情はあるのでしょうか」


「きっとあるだろう」


祐兵が微笑んだ。


「人間である限り、心の繋がりは生まれるものだ」


「そうですか...」


豊久が少し考えた。


「では、いつか、そういう遠い国へ行ってみませんか?」


「豊久殿は旅がしたいのか?」


「はい。祐兵殿と一緒ならば」


祐兵も空を見上げた。


「良いな。いつか、そうしよう。その時までに、もっと知識を身に付けておかねばならんが」


「ええ。私も、もっと強くならねばなりません。旅は危険も多いでしょう」


「ああ。互いに準備しよう」


月光が二人の顔を照らしている。


屋根の上で、二人は未来について語り合った。


今は叶わぬ夢かもしれない。


だが、二人にとっては、その夢を語り合うことも大切なのだ。


「祐兵殿」


豊久が呟いた。


「何だ?」


「今が幸せです。こうして、祐兵殿と一緒にいられることが」


祐兵は豊久の肩を叩いた。


「俺も、だ」


二人は月を見つめ続けた。


時間は静かに流れていく。


だが、その静かな時間こそが


二人の人生で最も価値のあるものだった。

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