第十四話 釣りの約束
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
「祐兵殿、釣りに行きませんか?」
ある日の早朝、豊久が提案した。
「釣り?」
「ええ。近くの川で大きな鮎が釣れるとか。たまには外で体を動かすのも良いかと」
祐兵は少し考えてから頷いた。
「確かに、最近は館にこもりがちだった。行ってみるか」
二人は釣り竿と弁当を持って、川へと向かった。
川は清らかで、水音が心地よい。
「良い場所ですな」
豊久が大きく深呼吸した。
「空気が美味い」
二人は川辺に座り、釣り糸を垂らした。
しばらく静寂が続く。
「...釣れませんな」
豊久が呟いた。
「焦るな。釣りは忍耐だ」
「祐兵殿は釣りの経験が?」
「子供の頃、少しな。父に連れられて」
その時、祐兵の釣り竿が揺れた。
「おっ」
祐兵が慎重に竿を上げると、立派な鮎が釣れた。
「さすがですな!」
「運が良かっただけだ」
しかし、その後も祐兵ばかりが釣れて
豊久の方は当たりすらない。
「むう...」
豊久が唸った。
「なぜ私の方には来ないのか」
「豊久殿、動きすぎではないか?魚は警戒している」
「そうでしょうか...」
豊久が静かにしていると、ようやく当たりが来た。
「来ました!」
だが、豊久が勢いよく引き上げようとした瞬間
魚は逃げてしまった。
「ああ...」
「引き上げ方が強すぎた。もっと優しく、魚の動きに合わせるのだ」
「難しいですな」
「戦と同じで、力任せでは勝てぬ」
「釣りも奥が深い...」
昼になり、二人は川辺で弁当を広げた。
「おお、良い眺めだ」
弁当を食べながら、川の流れを眺める。
「祐兵殿」
豊久がふと言った。
「こうして自然の中にいると、心が洗われますな」
「そうだな。日々の雑事を忘れられる」
「城にいると、色々と考えてしまいますからな」
「豊久殿も色々と考えているのか」
「当然です。武士として、どう生きるべきか、家をどう守るべきか...」
祐兵は豊久を見た。
いつも明るい豊久にも、悩みがあるのだ。
「豊久殿は立派な武士だ。それは間違いない」
「ありがとうございます」
豊久が照れくさそうに笑った。
午後になり、豊久もようやく一匹釣り上げた。
「やりました!」
「おめでとう。良い鮎だ」
「祐兵殿の教えのおかげです」
日が傾き始めた頃、二人は帰路についた。
「今日の収穫で、夕餉が楽しみですな」
豊久が釣った魚を見ながら言った。
「ああ。自分で釣った魚は格別だ」
「また来ましょう、釣りに」
「そうだな。次は豊久殿がたくさん釣れると良い」
「その時は、私が祐兵殿に教えますよ」
「それは楽しみだ」
夕日に照らされながら、二人は笑い合った。
川のせせらぎが、いつまでも耳に残っていた。




