第百三十九話 冬朝の鍛え
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
空は冴え渡り、霜が地を白く染めている。
伊東祐兵は庭に立ち
静かに息を整えていた。
やがて島津豊久が現れる。
「走りますか」
豊久が言う。
「まずは身体を起こす」
祐兵は腕を回す。
二人は庭を大きく回り、ゆるやかに駆け出す。
最初は軽く。
やがて歩幅が広がり、呼吸が深くなる。
白い息が、後ろへ流れる。
「昨日の餅が、まだ残っておりますな」
豊久が笑う。
「動けば消える」
祐兵は速度を上げる。
数周走り終えると、今度は腕立て伏せ。
手のひらが冷たい土に触れる。
一、二、三——
声は出さない。
ただ、同じ動きを刻む。
次に素振り。
木刀を握り、空を裂く。
振り下ろすたび
肩と背が温まる。
「寒さは敵ではありませんな」
豊久が言う。
「怠りが敵だ」
祐兵は一振りごとに間を測る。
最後は深い呼吸。
ゆっくり吸い、長く吐く。
庭の隅では、小春と黒猫が丸くなり
ただ静かに見守っている。
汗が額を伝う頃
二人は木刀を下ろした。
「整いましたな」
豊久が肩を回す。
「ああ。明日も動ける」
祐兵はゆっくりと汗を拭う。
冬の朝は冷たい。
だが、動く者の身体は温かい。
二人は並び
静かに空を仰いだ。




