第百三十七話 湯気の向こう
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
冬の昼下がり。
空は高く、風は冷たい。
伊東祐兵は台所に立ち
島津豊久は腕まくりをしている。
「凝ったものは要らぬ」
祐兵が言う。
「腹が温まれば、それで良いですな」
豊久が頷く。
用意したのは、卵と葱、味噌。
そして、昨夜の残り飯。
まずは小鍋に水を張り、火にかける。
味噌を溶き、刻んだ葱を入れる。
「葱は多めが良いですな」
豊久が包丁を動かす。
「寒い日は、辛味が効く」
湯が静かに沸き
卵を落とす。
白身が広がり、やがて丸くまとまる。
その間に、残り飯をほぐし
椀に盛る。
味噌の香りが立ちのぼる。
「頃合いだ」
祐兵が卵をすくい、椀へ落とす。
上から汁を注ぐ。
簡素な卵味噌汁かけ飯。
二人は縁側に腰を下ろす。
「いただきます」
湯気が顔に触れる。
一口。
「……十分ですな」
豊久が静かに笑う。
「足りぬより、良い」
祐兵も頷く。
派手ではない。
だが、身体に染みる。
足元では、小春と黒猫が
湯気を不思議そうに見上げている。
冬の日差しの中
椀を傾ける音だけが響く。
簡単な料理。
だが、二人で作り、二人で食べる。
それだけで、味は深くなるのだった。




