外伝 泰平踊りの夜
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
「祐兵殿、今年の泰平踊りには参加されますか?」
昼を迎えた頃、豊久が汗を拭きながら訪ねてきた。
「泰平踊りか...」
祐兵が縁側で団扇を揺らしながら答えた。
「去年は見物だけだったな」
「今年こそは一緒に踊りましょう!城下の者たちも、祐兵殿が参加してくだされば喜びます」
「踊りは得意ではないのだが...」
「案ずることはありません。私も得意ではありませんが、楽しければ良いのです」
祐兵は苦笑いしながらも頷いた。
「では、今年は参加してみるか」
祭りの数日前、城下では泰平踊りの練習が始まっていた。
「せっかくですから、練習を見に行きましょう」
豊久が提案した。
二人が広場に着くと、老若男女が輪になって踊っていた。
太鼓の音に合わせ、手を上げたり回ったり。
「おや、お侍さま方も見学ですか?」
年配の女性が声をかけてきた。
「ええ、当日参加させていただこうかと」
祐兵が答えた。
「それはそれは!では、今から一緒に練習なさいませ」
「え、今からですか?」
「もちろんです!見ているだけでは覚えられませんよ」
気づけば、二人は輪の中に引き込まれていた。
「では、まず基本の動きから。こう手を上げて...」
女性が実演して見せる。
「なるほど...」
豊久が真似をする。
「祐兵さま、もっと大きく手を広げて!」
「こ、こうか?」
「そうそう!良いですよ」
子供たちが二人の不慣れな動きを見て、くすくすと笑っている。
「ははは、お侍さまたちも初めは難しいんだな」
「当然だ」
豊久が笑い返した。
「だが、すぐに覚えてみせるぞ」
練習は一時間ほど続いた。
最初はぎこちなかった二人も、次第に動きが滑らかになってきた。
「おお、お二人とも飲み込みが早い!」
「これも日頃の鍛錬の賜物ですな」
豊久が額の汗を拭った。
「踊りと武芸は似ているのかもしれんな」
祐兵が微笑んだ。
練習の後、二人は休憩所で麦茶を飲んだ。
「しかし、泰平踊りとは良い名だな」
祐兵が言った。
「平和を願う踊り」
「ええ。戦のない世を祈る、民の願いが込められているのでしょう」
「だからこそ、我らも共に踊るべきなのかもしれぬ」
そして迎えた祭りの夜。
広場には大勢の人々が集まっていた。
提灯の明かりが揺れ、太鼓の音が響く。
「さあさあ、皆さん輪になって!」
祐兵と豊久も輪に加わった。
周りには町人、農民、商人...身分を問わず
皆が一つの輪を作っている。
太鼓が打ち鳴らされ、踊りが始まった。
「それっ!」
掛け声とともに、皆が手を上げる。
祐兵と豊久も練習した通りに動く。
最初は緊張していた二人だったが、次第に楽しくなってきた。
「祐兵殿、見てください!あの子供たち、上手ですな」
「ああ。生まれた時から踊っているのだろう」
輪は大きくなり、小さくなり、また広がる。
人々の笑顔が提灯の光に照らされている。
「お侍さま方、良いですよ!」
「もっと大きく!」
町の人々が声援を送る。
「おお、励まされるな」
豊久が嬉しそうに笑った。
「負けてはおれぬ」
祐兵も笑顔で踊り続けた。
一曲が終わり、皆が拍手をした。
「いやあ、良い汗をかきましたな」
豊久が息を弾ませた。
「ああ...久しぶりにこれほど動いた」
「もう一曲、踊りましょう!」
「まだ踊るのか...」
だが、祐兵も嫌な顔はしていない。
二曲目が始まった。
今度は皆が慣れてきて、さらに活気が増している。
子供たちが二人の周りを走り回り、年配の方々が優しく見守る。
踊りの途中で、小春も広場の端に現れた。
「にゃあ」
「おや、小春も見に来たのか」
祐兵が笑った。
小春は輪の外から、不思議そうに人々の動きを見ている。
三曲目、四曲目...踊りは夜更けまで続いた。
最後の曲が終わると、皆が満足そうに拍手をした。
「ありがとうございました!」
「お侍さま方、また来年もお願いしますよ」
「ああ、必ず」
豊久が答えた。
帰り道、二人は心地よい疲労感に包まれていた。
「良い夜でしたな」
豊久が星空を見上げた。
「そうだな。民と共に踊る...これも武士の務めなのかもしれぬ」
「泰平踊り、という名の通り、平和な時を皆で分かち合えた」
「この平和が続くよう、我らは努めねばならぬ」
「ええ。そして、また来年も共に踊りましょう」
「ああ、約束だ」
二人の後ろを、小春がついてきている。
夜空には星が瞬き
どこかから祭りの余韻の太鼓の音が聞こえてくる。
飫肥の町は、今夜も平和に眠りについていった。




