第百三十六話 刃は静かに
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
小春と黒猫…二人の飼い猫
冬の朝。
空気は澄み、庭の砂は硬く締まっている。
伊東祐兵は既に庭に立っていた。
手には木刀。
構えは低く、隙がない。
やがて島津豊久が現れ
同じく木刀を携えて向かい合う。
礼。
次の瞬間
踏み込み。
豊久の太刀筋は重い。
木刀同士が打ち合わされ
鈍い衝撃が腕を伝う。
一合。
祐兵は受け流す。
力で受けず、角度で逸らす。
二合。
豊久は間合いを詰める。
下段からの斬り上げ。
祐兵は半歩退き、木刀の峰で弾く。
三合。
踏み込みの音が庭に響く。
白い息が交差する。
「力任せでは、届かぬ」
祐兵が低く言う。
豊久は歯を食いしばり
体勢を崩したふりをして踏み込む。
「——そこだ」
祐兵の木刀が
豊久の手元を正確に打つ。
衝撃。
だが豊久は即座に立て直し
脇を狙う。
乾いた音が響き
互いに間を切る。
静寂。
やがて両者、木刀を下ろす。
「木刀の重みでは、誤魔化しが利きませんな」
豊久が息を整える。
「重みは、真実を映す」
祐兵は頷く。
戦場の刃ではない。
だが、その先にある覚悟は同じ。
足元では、小春と黒猫が
打ち合いの音にも動じず
日向で目を細めている。
冬の陽が、二人の影を長く引く。
木刀は静かに
だが確かに
心と技を試していた。




