第十三話 迷い猫
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
騒動ある朝、祐兵の館の庭に一匹の猫がいた。
「にゃあ」
「おや?」
祐兵が庭を見ると
痩せた三毛猫がこちらを見ていた。
「誰の猫だ?」
猫は祐兵に近づき、足元で甘えるように鳴いた。
「腹が減っているのか?」
祐兵が台所から魚の切れ端を持ってくると
猫は勢いよく食べ始めた。
「よほど腹が減っていたようだな」
その様子を豊久が見つけた。
「おや、祐兵殿、猫を飼い始めたのですか?」
「いや、今朝庭にいたのだ。迷い猫のようだが」
豊久が猫を撫でると、猫は気持ちよさそうに目を細めた。
「懐いていますな。可愛いではありませんか」
「だが、飼い主がいるかもしれぬ。城下で尋ねてみよう」
二人は猫を連れて城下を歩いた。
「この猫をご存じの方はいませんか?」
だが、誰も知らないという。
「野良猫かもしれませんな」
豊久が言った。
「では、どうする?」
「飼ってあげれば良いではありませんか」
「私は猫を飼ったことがないのだが...」
「案ずることはありません。餌と水と、温かい寝床があれば良いのです」
結局、祐兵は猫を館に置くことにした。
「名前をつけましょう」
豊久が言った。
「名前?」
「そうです。呼ぶ時に便利ですし」
「では...何が良いか」
「三毛だから、ミケ、とか?」
「そのままだな」
「では、祐兵殿が決めてください」
祐兵は少し考えてから言った。
「小春、というのはどうか」
「小春?良い名ですな」
「春の日差しのように、温かい猫になってほしい」
「祐兵殿、意外と感傷的ですな」
小春と名付けられた猫は、すぐに館に馴染んだ。
昼間は縁側で日向ぼっこをし、夜は祐兵の部屋で眠る。
「小春は幸せ者ですな」
豊久が言った。
「こんな良い館で暮らせるとは」
「私の方こそ、小春に慰められている」
ある日、小春が何かを咥えて祐兵のもとに来た。
「これは...鼠か?」
小春は得意げに尻尾を振っている。
「狩りをしたのだな。偉いぞ」
祐兵が撫でると、小春は喉を鳴らして喜んだ。
「猫も仕事をするのですな」
豊久が感心した。
「ああ。小春なりに、この館を守ろうとしているのだろう」
それから、小春は二人の日常に欠かせない存在となった。
祐兵が本を読んでいると膝に乗り
豊久が訪ねてくると玄関まで出迎える。
「小春殿、今日も元気だな」
豊久が挨拶すると、小春は「にゃあ」と返事をした。
「小春は豊久殿のことも覚えたようだ」
「嬉しいですな。私も小春殿が好きですよ」
ある雨の日、小春が窓の外を見つめていた。
「外に出たいのか?」
祐兵が窓を開けると、小春は首を振った。
「雨は嫌いなのだな」
小春は祐兵の膝に飛び乗り、丸くなった。
「賢い猫だ」
豊久がその様子を見て微笑んだ。
「祐兵殿と小春殿、良い関係ですな」
「猫との暮らしも悪くない。静かで、穏やかだ」
「私の叔父上・義久も猫を飼っているのですよ」
「そうなのか。義久殿の気持ち、わからんでもない」
「私も猫を飼いたくなってきました」
「では、次に迷い猫を見つけたら、豊久殿に譲ろう」
「それは楽しみです」
雨音を聞きながら、三人(一人と一匹?)の静かな午後は過ぎていった。




