第一話 茶の湯と武の道
祐兵さんと豊久くん 登場人物紹介
祐兵さん…伊東祐兵。紆余曲折を経て、飫肥藩初代藩主になった。知略に優れ、学問を愛する。
豊久くん…島津豊久。あの作品で有名。島津氏家臣で、島津家久の息子。武芸一筋で、まっすぐな心を持つ。
秋の日差しが穏やかに降り注ぐ飫肥城下。
伊東祐兵は縁側に腰を下ろし、庭の紅葉を眺めていた。
「祐兵殿、また茶など飲んでおられるのですか」
朗らかな声とともに現れたのは、島津豊久だった。
精悍な顔に人懐っこい笑みを浮かべている。
「おお、豊久殿。これはこれは」
祐兵は穏やかに笑って茶碗を置いた。
「島津の若武者が何用で伊東の館などに?まさか喧嘩を売りに来たわけではあるまい」
「とんでもない!」
豊久は大げさに両手を振った。
「祐兵殿の兵法書を拝借しに参ったのです。あの『孫子』の写本、まだお借りしてもよろしいでしょうか」
「ああ、あれか。構わぬが...」
祐兵は少し困ったように眉を下げた。
「豊久殿、前回お貸しした『呉子』はもうお読みになったのか?」
豊久は気まずそうに視線を泳がせた。
「それが...まだ半分ほどしか...」
「やはりな」
祐兵は笑いながら立ち上がり、書庫へと向かった。豊久も後に続く。
「祐兵殿は本当に勤勉でござるな。
武芸だけでなく、学問にも熱心で。見習わねばと思うのですが
どうも字を追っていると眠くなってしまって」
「それは豊久殿が昼間に鍛錬しすぎているからだ」
祐兵は書を取り出しながら言った。
「夕刻まで槍の稽古をしておいて、夜に学問などできるものか」
「む、よくご存じで」
「城下の者が皆言っておる。島津の若君は日が暮れるまで稽古場にいる、とな」
豊久は照れくさそうに頭を掻いた。
「それより」
祐兵は茶を淹れ直しながら言った。
「今日はゆっくりしていかれよ。ちょうど良い菓子がある」
「おお、それはありがたい!」
二人は再び縁側に座り、茶と菓子を楽しんだ。
かつて対立していた伊東と島津の若武者たちが
こうして穏やかな時を過ごせる日が来るとは。
「平和というのは、良いものですな」
豊久がしみじみと言った。
「まったくだ」
祐兵も同意した。
「だが油断はできぬ。だからこそ、我らは学び、鍛えねばならぬ」
「祐兵殿は真面目でござるなあ。たまには息抜きも必要ですぞ」
「豊久殿に言われたくないな」
二人は顔を見合わせて笑った。
日向の空は今日も青く、風は心地よく吹いている。




