第一章 迷い込んだ洗礼 第三話
何が起きたのか、わからないままその場で呆然と立ち尽くす。
黒焦げになりピクリとも動かなくなった獣をしばらく眺め、ようやく火の玉が飛んで来た方向に目を向けた……。
遠い木々の間に人がいるのが見える。
「……た……助けてくれたのか?」
しかし、その人物はこちらに来ることはなく、背中を向けて遠ざかっていく。
俺は慌ててその人物を追いかけた――。
俺に攻撃をしないのは、助けてくれたってことだから悪い人ではない。
それよりも、この森に来て初めて人に会えたことがより一層嬉しかった。
やっとその人物に追いつくと、向こうも気づいて振り返る…………が、その姿に驚いた――。
助けてくれたのは、意外にも女性で、彼女の身を包んでいたのは中世の騎士を思わせる鎧だった……。
身長は176センチの俺と同じくらいで、肩にかかりそうなぐらいの赤い髪、その瞳もまた深紅。銀色の鎧は素人の俺が見てもわかるほどの格式の高さを備えた代物で、腰には立派な鞘に収められた剣を装備している。一番印象的なのは、彼女自身が他を寄せつけないオーラを纏っていることだ。
「助けてくれてありがとうございます」
まずは助けてもらった礼をした。
「レクメ・マセンル」
「…………えっ?」
何を言ったのか全く聞き取れなかった。
「あ、あの、もう一度お願いします……」
「……ラタ・リザハ」
「…………?」
女性騎士はまた分からない言葉を放ち、面倒くさそうな表情をして、何の躊躇もなく振り向いて歩き出す。
今度はちゃんと聞き取れたが、何語なのか見当もつかなった。
俺は外国語を話せるわけじゃないが、英語であれば意味は理解出来なくても判別は出来るはずだ。他の国の言語にしてもそうだ。
その後、何度か彼女に話しかけてみるも、その度無視された。挙句の果てには近寄るなと言わんばかりの冷たい目で見られ、仕方なく距離を空けてついて行くことにした。
どんなに嫌われようが、今この状況を脱するには、彼女だけが手掛かりだ。
ついて行けば他の人に会えるかもしれないし、街にもたどりつけるかもしれない。
女性騎士の後をついておよそ30分ほど経ったあたりで、ついに森を抜け出し平原へと出た。
その間彼女は、一度だけ俺を見たが、特に気にすることもなく歩みを止めることはなかった。
さらに1時間ほど歩いただろうか、ようやく街らしき建物が見える。
「ああっ、街だ……やっと……」
彼女について来て正解だった……怖いけど……
その街は石造りの壁に囲まれていた。
女性騎士はその壁に設置している門に近づくと、剣と盾を装備している門番らしき二人の兵士と何やら話している。
すると門が開き彼女が入って行くのが見えた。
急いで俺も門に駆け寄り、兵士に話しかけた。
「あの、すいません、ここってどこですか?」
しかし、二人の兵士は顔を見合わせてから首をかしげる。……言葉が通じてないようだ。
「ウェアー・アム・アイ?」
今度は俺でも知ってる簡単な英語で尋ねた。
二人はどう見ても欧米の顔立ちなので、いくら下手でもこれは伝わるだろ。
だが、その考えは甘く、先程と同じ反応を見せ、全く通じていない。
おかしい――
いくら俺のつたない英語でも世界共通語である言葉が通じないなんて。もちろん英語が全ての国の人に通じるとは思わないが……ここまで通じないのはおかしい。
すると二人の兵士が話し合い、それが終わると盾を地面に置き、一人の兵士が急に俺の両腕を前に揃えて掴んでくる――。
「えっ、ちょ、ちょっと待っ――」
反射的に声を上げるが、もう一人の兵士は腰に取り付けているカバンからロープを取り出して俺の両手に巻きつけようとする。
いや、ありえない、ありえない――
俺は何も悪いことしてないし、言葉が通じないだけで普通ここまでするか
ここは異常だ!
そもそもここに来てから異常なことばかりだ。
いきなり森で目覚めるし、獣に殺されかけるし、火の玉が飛んで来たかと思えば、時代錯誤の騎士に助けられるし、言葉が全く通じないし。
まるでどこか別の世界に紛れ込んでしまったような感覚だ……。
ここは俺の知ってる世界じゃない!
もし、この世界が俺の知ってる常識や価値観が通じないとしたら……
もし、怪しいってだけで捕まえられる世界だとしたら……
もし、捕まって牢屋から一生出られない世界だとしたら……
もし、……死刑なんてことも……
頭の中で最悪なパターンがぐるぐると浮かび、顔が恐怖で引きつった。
……ここで捕まったら終わりだ!
「やめろっ!離せっっっ!!」
ロープで縛られかけている手首と掴まれていた両腕を力いっぱいに振り払った。
暴れる俺に二人の兵士は取り押さえに来たが、その時に振り上げた肘が偶然に一人の兵士の顔におもいっきり当たってしまった――。
「ウッッッ……」
兵士は声を漏らして倒れた……。
しまった……。そう思ったが、それでも捕まることの方が恐ろしかった。
気づけば逃げるという選択をしていた。




