第一章 迷い込んだ洗礼 第一話
―――ゆっくりと目を覚ました。
長く眠っていたようでもあり、ほんの一瞬だったようにも思える……。
そんな曖昧な感覚のまま、意識を少しずつ取り戻すとゆっくり上体を起こし、頭がぼーっとする状態で周囲を見渡した。
「……も、もり?」
自分が森の中にいるのだと気づいた。
見渡す限り辺り一面が鬱蒼とした木々に囲まれていた。
木々の間から陽が射し込み明るいので、夜じゃないことだけはわかった。
……どうしてこんな所にいるんだ?
何も思い出せない。
直感的に最悪な考えが先に浮かぶ。
たぶん、俺は死んだんだな……。
普通なら混乱してもおかしくない状況だが、
死んでいるのだとしたら、今更焦っても仕方がない。開き直ることで冷静さを保つことにした。
しかし、どうやって死んだのかはまるで覚えていない。自分の記憶が不安になり、とりあえず自分自身のことを覚えているか確認してみる。
俺の名前は九条いろは。よく女子と間違えられるが俺は気にいっている。
……まぁ、そんなことはどうでもいいが、年齢は17歳で高校ニ年生。あと家族は四人で両親と二つ下の妹がいる。
趣味は漫画にゲームと至って特徴のない普通の高校生だ。
どうやら、自分に関する情報ははっきりと思い出せた。
本当はスマホや財布があれば心強いのだが、あいにくカバンに入れていることが多く、カバンが見当たらないので諦めるしかない。
今度は自分の体に目を向けて見た。手足を動かしても痛みはなく、他に目立った外傷もない。着ている紺のブレザーの制服と靴のスニーカーには血や汚れといった異常は一切なかった。
やはり思い出せないのは、この場所に来る直前の記憶だけ。
そういや死んだ時は、知ってる人が迎えに来るとか……三途の川ってやつを渡るとかを誰かに聞いたことがあるな。
……だけど、誰も迎えにこない。
「だったら……とりあえず移動するか」
立ち上がりぐるりと360度まわりを見渡してみたが、どの方角にも同じような光景が続いている。目印になるようなものは見当たらない。どの方向へ進めばいいのか見当もつかないので適当に進むことにした。
しばらく歩き続けてみたが、景色はほぼ変わらず、同じような木々が立ち並び、森から抜け出せそうな気配がしない。
進んでいるのか、それともぐるぐると迷っているだけなのか判断がつかない。
「はぁ……誰かいないかな?」
ため息をついて、期待薄な願望をつぶやいた。
「グゥルルッ!」
「えっ?」
それまで静まりかえっていた森に、突然横の茂みからナニモノかの唸り声が聞こえたので、驚いて振り向くと……。
一匹の獣が鋭い目で俺を睨みつけている――。
野犬に似ているが違う。
黒い毛はいいとして額に角?しかもニ本。一本一本が15センチぐらいありそうな突起が生えている。こんな動物俺の記憶にはない。
死んだのにまだ襲われるのか?
それとも何かの試練か?
疑問をめぐらす俺に関係なく、獣は一歩また一歩と迫ってくる。
「グォ゙ルルッッッ!!」
先程より大きな唸り声を上げた。
二本角の獣は明らかに敵意を剥き出しにしている。
どうしよう……武器なんてないし、戦うなんて無理だ。
逃げるしかない――
背中を向けて走り出そうとした時、獣は地面を蹴り口を大きく開けて飛びかかってきた。
「うああああああっ!!」
間一髪――しゃがみ込んだことで、獣の牙は空を噛んだ。
標的を見失ったせいで、獣は着地時にバランスを失い倒れた。
攻撃をかわした安心よりも、襲われた恐怖の方がはるかに強く、俺はその場から逃げだしていた。
「ヤバい!今の食らってたら死んでた!!」
さっきまで自分が死んだものと断定したのに、混乱してその思い込みを、自分で否定する言葉がつい出ていた。




