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息を切らし汗が垂れ、男は山の道なき道を只ひたすらに進んでいた。腕時計を見るとすでに三時間は経っている。ハイスピードで歩いては登りを繰り返し、度々休んではいるが疲労が溜まる。


「同じ場所に留まっていてくれないかな」


思わず弱音がポツリと出る。


雑木林がこれでもかと茂る部分に差し掛かりガサガサと掻き分けて行く、十五分ほど葛藤した末にようやく道が開けた。


眩い陽光が差し込んできて、たまらず足を止め目を細める。徐々にじーんと光が目に馴染んできた。湿気を感じる。


辺りを見渡すとほとんどの木が歪曲し、苔が全てを覆うように茂る原生林地帯であった。見上げると、百五十メートルほどの高い場所に今にも転がり落ちてきそうな横に突き出た巨岩がある。


その岩の上に何かいる。ぐっと目を凝らす。

居た! 見つけた! やっとだ!

止めていた足を動かして斜面を登りそれに近づいて行く。


滑りやすく土が柔らかいため、やっとの思いで岩にたどり着いた。


その者は痩せ細り体中泥だらけ髪と髭はボサボサで伸び放題、Tシャツと半ズボンは所々破れ糸くずが飛び出している。あぐらをかいて瞑想でもしているのかずっと目を閉じ、男が荒々しい息とジャグッやミシッなどの泥臭い音を立てながら近づいても我関せずであった。


「ジュン」

「……」


呼びかけにも応じない。


樹次じゅんじ

「……」


「久しぶり、正善まさよしだよ」

「……」


「兄さんだよ」

「……」


話しかけても返事がない、まさか死んでいるのでは。


そう思いすぐに手を鼻と口に近づけ呼吸を確認。問題ない。念のために動脈も首の根元に触れて確認。問題ない。


「よかった。生きてる」


ほっと胸をなで下ろした。


どうやら相当集中しているらしい。だが、戻ってきてもらわなくては困る。


樹次の両肩に手を掛けぐいぐいと思いっきり揺さぶった。


「ジュン! ジュン! ジュン!」

「うおっ」


やっと目を開け、間の抜けた声を出した。正善の顔を不思議そうに覗き込む。


「あ…兄さん?」

「やあジュン。ちょうど十五年ぶりだね」


そう言い抱擁を交わした。


「じゃあ刑事になったのか。叔父さんと同じ特徴が出ているな」

「相変わらず鋭いね。そういうジュンは山男になったのかな?」

「兄さんみたいに目指したつもりはないけどな」


何気ない会話に花が咲く。


「それにしても、前会った時よりも深まっているようだね。さっきは何を思い出していたんだい?」


そう聞くと樹次は物思いにふけるような口調で、


「シカを、思い出してたんだ」

「シカかい? シカなんてジュンならいくらでも見ているんじゃないのかい?」

「それが今まで会ってきたシカとは違ったんだ」


正善が丁度山に入る前、樹次は川のほとりで暖かな木漏れ日に身を預けていた。その時、一匹のシカが近づいてきて臭いを嗅いできた。


立派な角をたずさえた大きくて睫毛の長いシカである。あまりにも壮美であったため思い出さずにはいられなかったそうだ。

この度は作品を読んで頂き、誠にありがとうございます。

次回は来週月曜日に投稿する予定です。

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