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魅了魔法が効かない騎士は、私の運命の人でした

作者: はるのあめ

「はるのあめ」と申します。

春の雨のように優しさを感じられる物語を皆様にお届けできらたと思っていますので優しく見守ってください。

私の名前はセレスティア。このフローリア王国の第一王女。そして、生まれつき『魅了』の魔法を使うことができる。この魔法は強力で、私の意思とは関係なく、私を見た男性を虜にしてしまう。美しさや身分に関係なく、ただ私という存在に心を奪われ、盲目的な好意を向けてくるのだ。王家の血筋の中でも稀に発現するとされるこの力は、祝福であると同時に、私にとっては呪いのようなものだった。


(正直、うんざり……。誰も本当の私を見てくれない。ただ魔法に操られているだけ。私の言葉や考えではなく、ただこの不可解な力に引き寄せられているだけなんて)


そんな私の憂鬱とは裏腹に、国はお祝いムードに沸いていた。隣国の大国、グランディア帝国の第一王子、アルフォンス殿下との婚約が間近に迫っているからだ。今日はそのアルフォンス殿下と、彼の側近である騎士が我が国に到着する日。政略結婚。それも、私のこの『魅了』の力を求めての。父王も母妃も、この縁談が小国フローリアの安寧に繋がると信じている。私の力があれば、大国グランディアとの間に強固な絆が生まれる、と。


謁見の間。大理石の床に反射するシャンデリアの光が眩しい。現れたアルフォンス殿下は、絵に描いたような完璧な王子様だった。陽光を思わせる金髪に、空色の澄んだ瞳、非の打ち所のない容姿と洗練された立ち居振る舞い。けれど、その完璧な笑みの下に、冷たい計算が見え隠れしているのを、私は感じ取っていた。まるで品定めをするような視線が、私を射抜く。


そして、彼の後ろに控える騎士。黒髪に、意志の強そうな黒曜石のような瞳。騎士にしては線が細いけれど、背筋が伸びた凛とした佇まいをしている。名を、レオンというらしい。彼はアルフォンス殿下とは対照的に、表情が硬く、感情を読み取らせない。


(ふーん、この人が側近ね。アルフォンス殿下は……やっぱり私の魔法目当てって感じ。あの計算高い瞳、隠す気もないのかしら。でも、このレオンって騎士は、なんだか他の人と違う……? 私を見ても、目が潤んだり、頬を染めたりしない。まるで、私の魔法が存在しないかのように)


謁見は滞りなく進んだ。アルフォンス殿下は外交辞令に長けた言葉を並べ、父王も満足げに頷いている。私はただ、作り物の微笑みを浮かべて座っているだけ。レオン騎士は終始、アルフォンス殿下の斜め後ろに影のように控え、私に視線を向けることはほとんどなかった。


好奇心、だろうか。それとも、いつもの反応を示さない彼への、ほんの少しの苛立ちだったのかもしれない。私は謁見が終わった後、王宮自慢の薔薇園を散策していたレオンに、こっそり近づいてみた。侍女たちには少し離れて待つように言い、私は意図的に彼に『魅了』の魔法を意識して向けてみた。いつもなら、これで相手はふにゃふにゃになって、私への愛や賛辞を囁き始めるはずなのに。私の魔法は、対象の意思に関係なく作用するはず。抵抗できる者など、これまで一人もいなかった。


「……?」


レオンは一瞬、風に揺れる薔薇の花びらでも見るかのように、不思議そうに首を傾げただけだった。そして、私に気づくと、驚いたように目を見開き、慌てて片膝をついて騎士の礼を取る。


「これはセレスティア王女殿下。お一人でいらっしゃるとは。何か御用でしょうか?」

「え……あ、ええ。少し、気分転換を。……レオン騎士は、薔薇がお好きなの?」


(効かない!? なんで!? 私の『魅了』が効かないなんて、ありえない! この魔法は防げるものじゃないはずなのに! 血筋に伝わる特殊な魔法耐性を持つ者でも、完全に無効化できるわけではないと聞いているのに!)


顔には出さないように努めたけれど、内心はパニックだった。初めてのことだ。私の魔法が、全く通用しない相手。彼は一体何者なの? それとも、私の魔法が弱まっている? いや、そんなはずはない。今朝、衛兵の一人が私を見て鼻血を出していたばかりだ。


「薔薇も美しいですが、私はどちらかというと、控えめに咲く野の花の方が……失礼いたしました。殿下のお時間を妨げてしまいましたね」

彼はそう言って立ち上がり、再び礼を取ると、足早に去っていこうとした。


「待って。レオン騎士」

思わず呼び止めてしまう。

「あなた……私のこと、どう思いますか?」

愚かな質問だと分かっていた。けれど、聞かずにはいられなかった。

彼は少し困惑したように眉を寄せたが、やがて真っ直ぐに私を見つめて言った。

「王女殿下は……ご聡明で、お美しい方だとお見受けいたします。ですが、それ以上に……どこか、お寂しそうな瞳をされている、と」


(寂しそう……? 私が?)


彼の言葉は、私の心の奥底に、小さな波紋を広げた。魔法の効果ではなく、彼自身の目で見た、私への印象。それが、予想外に私の心を揺さぶった。



その夜のことだった。婚約を祝う盛大な夜会が開かれた。華やかな音楽、着飾った貴族たちの談笑。私はアルフォンス殿下のエスコートで踊っていたが、彼の視線は常に他の有力者へと向けられ、私への関心は薄いように感じられた。義務的な会話を交わした後、息苦しさを覚えて喧騒から逃れ、月明かりが差し込むバルコニーで涼んでいると、隣の控え室から話し声が聞こえてきた。アルフォンス殿下の声だ。相手は彼の国の別の側近、おそらく子飼いの者なのだろう。


「……計画通りだ。あの王女の『魅了』の力は本物だ。噂以上かもしれん。結婚さえしてしまえば、あとは簡単だ。フローリア王国との関係もあるから、最初は丁重に扱うがな。頃合いを見て、適当な理由をつけて塔にでも閉じ込め、俺の意のままに魔法を使わせる。グランディア帝国の覇権は盤石なものとなるだろう。あの力があれば、どんな敵国も、どんな反乱分子も、容易く従わせることができる」

「しかし、王女を娶った後、すぐに閉じ込めてはフローリア王国が黙っておりますまい。外交問題にもなりかねませんが」

「ふん、心配無用だ。あの王女は世間知らずで扱いやすい。それに、一度俺の妻となれば、彼女の魔法は俺の所有物も同然。フローリア王国も、魅了された兵士たちを敵に回したくはないだろう? 力で黙らせればいい。それに、あの国にはアルフォンス派の貴族もいる。内側から崩すことも容易い」


(……ひどい。やっぱり、私のことなんて、魔法を使うための道具としか見ていなかったんだわ……! 国ごと、私ごと、利用するつもりだったなんて!)


血の気が引くのを感じた。足元が崩れ落ちるような感覚。恐怖と、裏切られたことへの激しい怒りで、体が震える。結婚したら牢獄同然の生活が待っているなんて。私の力は、そんな風に使われるためにあるんじゃない!


(逃げなきゃ……。でも、どうやって? この国も、父上も母上も、この婚約を望んでいる。私の魔法が国益になると信じているから……。誰に相談すれば? 味方はいるの?)


絶望的な気持ちで部屋に戻ろうとした時、バルコニーの入り口でレオンと鉢合わせた。彼は夜会の喧騒を避けて、一人静かに月を眺めていたようだった。


「王女殿下? 顔色が優れませんが、どうかされましたか? もしや、体調が……」


彼の心配そうな黒い瞳に見つめられ、私は咄嗟に嘘をついた。


「い、いえ。少し夜風にあたりすぎたようですわ。お気遣いなく。レオン騎士こそ、夜会はお楽しみにならなくてよろしいの?」


(この人……レオンは、アルフォンス殿下の側近。彼も、あの冷酷な計画を知っているの? それとも……知らない? あの真っ直ぐな瞳は、嘘をついているようには見えないけれど……)


疑念が頭をもたげる。けれど、彼の心配そうな、どこか憂いを帯びた瞳を見ていると、どうしても彼があの冷酷な計画に加担しているとは思えなかった。魔法が効かなかったことも含めて、彼だけは違うのではないか、と。淡い期待が胸に灯る。


「私は……あまり、華やかな場は得意ではないのです。それよりも、こうして静かに月を眺めている方が落ち着きます」

彼はそう言って、少し寂しそうに微笑んだ。その表情に、私はなぜか親近感を覚えた。



それから数日、私はアルフォンス殿下との接触を極力避け、意識的にレオンと話す機会を作った。庭園での散策、図書室での偶然の出会い。彼はいつも礼儀正しく、私の言葉に真剣に耳を傾けてくれた。他の男たちのように、私の顔を見てうっとりしたり、意味のない賛辞を繰り返したりすることもない。彼は私の意見を求め、私の知識を尊重してくれた。


「フローリア王国の歴史について、何かおすすめの本はありますか? グランディアとは異なる文化に興味がありまして」

「レオン騎士は勉強熱心ですのね。でしたら、宮廷書庫にある『フローリア建国史』はいかがでしょう。少し古い記述もありますが、当時の人々の息遣いが感じられるようで、私は好きですわ」

「ありがとうございます。ぜひ拝読させていただきます」


彼は私の内面を見ようとしてくれている。そんな気がした。魔法に惑わされない彼だからこそ、本当の私と話してくれている。その事実が、私の心を少しずつ解きほぐしていった。


「レオン様は、なぜ騎士に? あなたほどの知識があれば、文官としても活躍できそうなのに」

「……守りたい方が、いるからです。その方のために、剣を取ると決めました」

「それは、アルフォンス殿下のことですか?」

彼は一瞬ためらい、そして静かに首を横に振った。

「……いいえ。もっと、ずっと昔から……心におわす方です。その方のためならば、この命も惜しくはありません」


そう言って少しだけ伏せた彼の横顔は、どこか儚げで、私の胸を強く締め付けた。


(守りたい人……。私じゃない、誰か……。そんな風に、誰かを大切に想えるなんて、素敵だわ。でも、少しだけ……羨ましい)


なぜか、ちくりと胸が痛んだ。それは、今まで感じたことのない、甘酸っぱい痛みだった。


ある日、王宮の奥にある古い温室で、子供の頃に好きだった月光花げっこうかという、夜にだけ白く輝く花を眺めていると、レオンがやってきた。彼は私の許可を得て、静かに隣に立つ。


「この花は、確か……月光花、でしたね。幼い頃、あなたが大切に育てていたものと同じですね」

「え? あなた、これを……? どうして知って……?」

「はい。昔、フローリア王国の離宮の庭で、拝見したことがあります。病弱だった私は、療養のためにしばらくこちらに滞在しておりました。その時、あなたは……身分も知らない私に、この花の名前と育て方を、優しく教えてくださった。あの時の、あなたの笑顔が忘れられません」


(離宮……? 病弱……? まさか……あの時の……?)


記憶の扉が、勢いよく開く。十年前、離宮の庭で出会った、病弱で内気な少年。人見知りだったけれど、花の話をすると、嬉しそうに笑った。グランディア帝国の、確か……第二王子だったはず。名前は、テオドール。アルフォンス殿下とは腹違いの弟で、体が弱く、あまり表舞台には出てこないと聞いていた。


「あなたは……テオ殿下?」


私の問いに、彼は驚いたように目を見開き、そして、観念したように切なげに微笑んだ。


「……覚えていてくださったのですね、セレスティア様。はい、私はテオドール。グランディア帝国第二王子です。兄、アルフォンスの側近、レオンというのは偽りの姿。兄の計画を知り、あなたをお守りするために……」

「では、なぜ……?」

「兄はあなたの『魅了』の力を危険視し、同時にその力を利用しようとしています。私は……それを止めたかった。そして、何よりも、あなたを守りたかった。幼いあの日、あなたの分け隔てない優しさに触れた時から……ずっと、あなたをお慕いしておりました。私のこの気持ちだけは、真実です」


(テオ殿下が……私を? 魔法じゃない、本当の私を……? あの時の少年が、ずっと……?)


「私の魔法は、あなたには効かなかった……?」

「ええ。おそらく、私の母方の血筋に伝わる微弱な魔法耐性と……そして、あなたへの想いが、魔法を打ち消したのでしょう。あなたの魔法は、偽りの心や邪な心は魅了できても、真実の心を持つ者には届かないのかもしれません」


真実の心。その言葉が、私の胸に深く、温かく突き刺さった。アルフォンス殿下は私の力を欲し、他の男たちは魔法に操られていただけ。でも、テオ殿下は違う。魔法が効かない、この人だけが、本当の私を見て、十年もの間、ずっと好きでいてくれた。


(初めて……。初めてだわ。魔法の力なしに、私自身を好きだと言ってくれた人……。こんなに嬉しいなんて……)


じわりと涙が滲む。それは悲しみの涙ではなく、どうしようもないほどの喜びと、愛しさからくる涙だった。ずっと孤独だと思っていた私の心に、温かい光が差し込んだ気がした。


「テオ殿下……」

「セレスティア様……」


私たちは見つめ合った。もう、言葉はいらなかった。彼の瞳には、確かな愛情と決意が宿っていた。



婚約発表の儀の日。私は、テオ殿下と共に、アルフォンス殿下の悪だくみを暴く計画を実行した。テオ殿下が密かに集めてくれた証拠と、私が魔法で聞き出した情報を手に、私たちは最後の賭けに出た。


アルフォンス殿下が、私との婚約を高らかに宣言し、得意げに微笑んだ瞬間。


「お待ちください!」


テオ殿下が、レオンの騎士服から第二王子の正装へと姿を変え、父王や各国の使節が見守る厳粛な場に現れた。会場がどよめく。


「兄上。あなたがセレスティア王女を娶ろうとしている真の理由を、私は知っています!」


テオ殿下は、アルフォンス殿下が側近と交わしていた会話の内容、王女を道具として利用し、いずれ幽閉しようとしていた計画を、冷静かつ明確に暴露した。私が『魅了』の魔法で聞き出した、他の側近たちの証言も次々と提示される。アルフォンス殿下の顔がみるみるうちに蒼白になっていく。


「なっ……! でたらめを言うな! テオドール、貴様、何を企んでいる! そのような証拠、どこで……!」

「でたらめではありませんわ、アルフォンス殿下」


私もテオ殿下の隣に立ち、毅然として言い放つ。


「あなたの邪な心と、私を利用しようという企みは、私の『魅了』をもってしても、隠しきれませんでしたのよ。私の力は、悪しき心を映し出す鏡でもあるのです」


会場は騒然となった。グランディア帝国の皇帝陛下も、事の真相を知り激怒。アルフォンス殿下は王位継承権を剥奪され、全ての地位を失い、辺境の修道院へと送られることになった。まさに「ざまぁ」としか言いようがない結末だ。彼の隣で震えていた取り巻きの貴族たちも、相応の罰を受けることだろう。



全てが終わり、私はテオ殿下と二人、あの思い出の温室にいた。月光花が、静かに白い光を放っている。


「ありがとう、テオ殿下。あなたのおかげで、私は自由になれました。本当の自分を取り戻せた気がします」

「いいえ、セレスティア様。あなたの勇気が、未来を切り開いたのです。私は、ただそのお手伝いをしたにすぎません」


彼は優しく私の手を取る。その手は温かく、力強かった。


「セレスティア様。改めて、お伝えさせてください。私は、あなたの魔法ではなく、あなた自身の心に惹かれています。どうか、私と……共に、未来を歩んでいただけませんか?」

「はい、テオ殿下」


私は彼の言葉を遮るように、最高の笑顔で頷いた。もう迷いはなかった。


「喜んで。私の隣には、あなただけがいてほしいのです」


私の『魅了』は、もう必要ない。だって、私の隣には、魔法なんてなくても私を愛してくれる、たった一人の運命の人がいるのだから。


私たちは手を取り合い、新しい未来へと歩き出す。きっと、たくさんの困難もあるだろう。けれど、二人ならきっと乗り越えられる。そんな確信が、私の胸を満たしていた。月光花が、私たちの門出を祝福するように、優しく輝いていた。

お読みいただきありがとうございます。

次の物語でもお会いできれば嬉しいです。

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