最後の手紙
王都から大陸横断列車に乗り六時間。リリアとオーウェンが下車をしたのは隣国との境にある辺境の街ラキア。
馬車で辿りつくことができるのは、ラキアからおよそ一時間の場所にあるリズヴェリーの丘までで、そこからは徒歩でゆるやかに続く細い坂道を登ることになる。
オーウェンに手を引かれながら、リリアは丘を登っていく。
眼下には緑豊かな草原が広がっている。羊やヤギや牛たちが放牧されており、牧羊犬が羊の群れを追いかけている様子を遠目に見ることができる。
『この手紙に気づいてくれたあなたへ。この日記を手に入れて、読み込んでくれたあなた。私のアリルやフィオナへの愛を理解してくれたあなた。あなたに、幸運を』
アリルとリンデルの交換日記から出てきた手紙には、リンデルの書体でそう綴られていた。
『私のせいで、大きな戦争が起こった。隣国に渡り、私はファズマで兵器を作った。フェリ王国はファズマの力で火の海になった。多くの人が死んだ。私は後悔していない』
ファズマとは、古代の人々が使用していたエネルギー。何かしらの鉱物である。
それを使用しリンデルは兵器を作り、隣国を勝利に導いた。
おそらく銃火器のようなものだろうと、オーウェンとクリストファーは結論づけていた。
大砲やフリントロック式銃などはごく最近開発されたものだと一般的に認識されているので、遠い昔にそのような兵器が開発されていたのは驚くべきことだ。
『ファズマによる戦争が再び起こらないため、私は兵器の作り方を誰にも教えなかった。それを私の夫、私が道具にするために伴侶に選んだ隣国の王は怒り、私を罰しようとした。私の復讐はもう終わった。あとはフィオナとアリルの元に行くだけ。だから、この手紙を書いている』
手紙の中でリンデルは隣国の王と書いているが、古い時代この国には小国が乱立しており、貴族たちも力と野心を持っていた。誰が王になってもおかしくないほどに、世が乱れていた時代であるとオーウェンは言う。
だからこの隣国の王が誰を指しているのかはわからない。
アリルの名はアリル・フェリ。フェリ王国という王国は滅んだが、次の王が誰になったのかまではリンデルは書き残していない。
それらの国々がどのように滅び、現在のラファル王国になったのかは、まだ研究途中である。
『私とアリルの大切な場所に、二人の大切な品を隠しておく。この手紙を読んでいるあなたに、それをあげる。ファズマは兵器に使用するものではない。離れた人を繋ぐ星の力だと、私は思っている。この手紙をみつけた探究心旺盛なあなた。もしくは、あなたがた。幸福に満ちた平穏な人生が送れることを祈っている』
リンデルの手紙はそこで終わっていた。
すぐにリリアは思い出した。ある王女の日記に記載があったのだ。
『リンデルと、月を見に行った。亡くなった人の魂は、月にのぼるのだとリンデルは言う。王国の聖典にはそんなことは書いていないが、リンデルが言うのだからきっとそうなのだろう。月はどこからでも見える。だから、いつもお母様は私を見ている』
それは、リンデルが追放される少し前のことだ。
リンデルは王女に、月がよく見える場所に行こうと言った。
『その場所は、巨石が積まれた丘。満月が空に浮かんだ。手をのばせば触れられるのではないかというほどに、近く、大きく、輝いていた。白い光が巨石の間を通り、一筋の道になった。その月光の道を歩き、魂は月にのぼるのだろう。道が一つであるのならば、きっと迷わない。私が死んだら母の元に。そしてリンデルの元に行くことができる』
月光の道を辿り、王女は大切な人たちと再会ができると日記に書いていた。
きっとそれが──リンデルとアリル王女の大切な場所なのだろう。
リリアが言うと、オーウェンも深く頷いた。
そして、週末。リリアとオーウェンはその場所に向かっていた。
クリストファーやジョセフィーヌには、仕事を休んでいいから早く行ったほうがいいと言われたのだが、リンデルの手紙が密やかに日記の裏表紙に隠されていた月日に比べれば、週末までの数日などほんの短い間だ。
巨石の丘は今では誰もが知る場所で、王都からはかなり遠い。
準備も必要だったので、リリアはいつも通り仕事を行い、日曜の早朝にオーウェンと列車に乗ったのである。
丘を登りきると、とても人の手では持ち上げることができない巨大な石が門のように積まれた丘がある。
大巨石群と呼ばれている場所だ。リリアの身長よりも高い石がいくつもそびえ立っている。
まるで空から巨石が降ってきて、そのまま大地に突き刺さったように見える。
「きっと、ここですね、多分……」
「あぁ。月の光が差し込むという記述から、おそらくは門状になっている石だろう。方角は、こちらか」
オーウェンが方位磁石を取り出して、月がのぼる方向へと歩いて行く。
リリアはさくさくと草むらを踏みながら、彼の隣を歩いた。
国境に近づくほどに、気温が下がる。分厚いコートを着てマフラーを巻いてはいるが、吹き抜ける風に冷たさを感じる。
リリアは石に触れてみる。つるりとした滑らかな石肌もまた、氷のように冷たかった。




