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晴れの日、夜の雨宿りカフェ



 夜の雨宿りカフェまでの道を歩いていると、オーウェンがリリアの荷物を持ってくれる。

 手を差し伸べられたので遠慮がちに触れると、しっかりと握られた。

 黒い皮手袋のはめられた手がリリアの手を包む。リリアは恥じらいながらも微笑んだ。


「いらっしゃい、オーウェンさん、リリアさん。ん? なんだか雰囲気が変わったね、リリアさん。元気そう」

「ありがとう、シエンナさん」

「シエンナさん、なんて、照れちゃう。シエンナって呼んで、シエンナちゃんでもいいよ」

「シエンナ……ふふ、なんだか妹を思い出すわ」


 夜の雨宿りカフェに入り、ピアノの前の席にオーウェンと二人で座る。

 レモンの輪切りの入った水をシエンナが運んできてくれる。


「リリアさん、妹がいるんだ?」

「ええ。今は王立学園に通っているわ」

「優秀なのね」

「頑張り屋さんで、いい子よ。弟も妹も、二人とも。半年以上会っていないけれど」

「リリアさんが優しいお姉さんだって、わかる。ね、オーウェンさん」

「あぁ。リリアは優しい」


 シエンナはオーウェンの腕をつついた。それから「オーウェンさん、よかったわね」と嬉しそうに言う。


「よかったとは、なにが?」

「デートの成功」

「……大人をからかうなと言いたいところだが、今日の私は浮かれている。何を言っても構わない」

「うわ、そう言われちゃうと、困るわね。ともかく、いいことがあったのね、オーウェンさんも、リリアさんも。ゆっくりしていってね、朝までいてくれてかまわないわよ」


 リリアは微笑んで礼を言った。それから、メニューを指で辿る。

 食べたいもの、飲みたいもの。今はその欲求が湧いてくる。


「オーウェン様、注文をしてもいいですか?」

「あぁ、もちろん。君の食べたいものを、私も一緒に食べたい。任せても?」

「はい。オーウェン様は甘い飲み物がお好きですよね?」

「覚えていてくれて嬉しい」


 いくつかの注文をシエンナにする。料理が届くのを待っている間、リリアは今日読んだアリル王女の交換日記の話をオーウェンにした。


「今日読んでわかったことが少しあります。魔女リンデルが王城から追放されたのは、どうやらアリル王女を毒殺から守ったからのようです」

「それで、どうして魔女と呼ばれて追放されるのだろうか」

「当時、呪術や魔術の類はおそろしいものとして忌避されていたようで……それに、不思議なことですが、古代では機械技術が発展していたようですね。特に、ファズマと呼ばれるエネルギーがあったようです」

「ファズマ……?」

「鉱物です。石油や、石炭とは違うものですね。これをつかい、様々な機械を動かしていたと、彼女たちの日記の中には書いてありました」


 そんなことを話していると、シエンナがやってきて「難しい話をしているのね」と言って、飲み物と料理を置いていく。

 ふわふわホイップハニーラテ、おやすみ熊のカプチーノ。一口ミートパイに、スモークサーモンとクリームチーズのクロスティーニ。スティックサラダ、季節の果物のタルト。


「季節の果物のタルトは、お父さんからのサービスよ。リリアさんの雨は止んだって、お父さんが言ってる」

「……ありがとうございます。マスター、感謝します」


 リリアが礼を伝えると、カウンターの奥のマスターが手をあげた。

 リリアはふわふわホイップのハニーラテを口にする。一口飲むと、オーウェンの手が伸びてリリアの唇を拭った。


「クリーム、ついている。可愛い」

「……っ、オーウェン様、あまり、こういうのは……慣れなくて」

「慣れなくていい」


 リリアの唇を拭って濡れた指先を、オーウェンは舐める。

 その仕草に、心臓が跳ねる。以前とは違う。彼との距離が近い。

 その情熱を肌で感じて、リリアは戸惑う。食べ物の味も、空気も、景色の見え方まで変わってしまう。

 ただ愛されていると、感じるだけで。こんなにも、違う。


「少し触れるだけで照れる君を見ていることができる。幸せだ」

「少し、いじわる、では……」

「可愛い」

「は、話の、続きを……」

「毒殺の?」

「ええ。……正妃には王女が一人きり。王女には王位継承権はありませんが、その存在は目の上の瘤のように、王の側妃たちから煙たがれていたようです。日記の中ではこれほど生き生きとしているアリル王女ですが、実際には氷の美姫と呼ばれていて、皆からおそれられていたようですね」


 笑わず、喋らず、ただただ美しい。そんなアリル王女を皆が嫌い、怖がった。

 アリル王女に何かあれば、加害者には必ず不幸が訪れる。

 ある時アリル王女を馬鹿にした腹違いの姫が怪我をして、彼女の母はアリル王女を恨んだ。

 そしてどういうわけか、彼女を毒殺しようとした。

 この辺りは──アリル王女と他の貴公子を巡っての恋愛でのいざこざもあるようだが、詳しくは書かれていなかった。


 ともかく、その毒殺を、リンデルが看破した。

 彼女は怒り、そして。


「リンデルは本当に、不思議な力があったようなのです。アリル王女を害しようとした者たちに呪いをかけて、足を折り、顔を爛れさせたそうです。アリル王女に降りかかる不幸を仕返ししていたのはリンデルで、彼女のせいで怪我人や病人が出たと。アリル王女はリンデルはそんなことをしていないと書いていますが、リンデルは潔くそれを認めて王城から去ったようですね」

「かつてこの土地には魔法があったと……確かに、古い文献には残っている。リンデルが魔法使える魔女だとしても、そうおかしなことではないかもしれないな」


 過去の出来事は不幸だが、同時に興味深くとても魅力的だ。

 オーウェンが熱心に聞いてくれて、頷いてくれるのが嬉しい。


 アリル王女をリンデルは、まるで姉のように、母のように守っていた。

 彼女たちが幸せな最後を終えることを、リリアは祈った。



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