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お祝いと、恋と



 オーウェンは背が高く、抱きしめられるとその体は驚くほどに逞しい。

 すっぽりと包まれながら、リリアはしばらくオーウェンの胸の鼓動の音を聞いていた。


 書架に静かにおさめられた本が、蝶や鳥になってリリアたちの周りを飛び回る。

 橙色の光が燃えるように、室内を照らしている。


 この時間はリリアにとって特別なものだった。

 これではもっと、ずっと、特別になってしまう。


 また捨てられるかもしれない。自分には価値がない。同じことが起こるかもしれない。

 リリアの胸の奥に住んでいる小さな少女が不安を口にしたが、リリアは大丈夫だとその少女を撫でる。

 オーウェンは、怖くない。信じることができる。


 彼の腕や手のひらや、体温は、あまりにも優しい。


「オーウェン様、もう、帰らないと……」

「あ、あぁ、すまない、君に拒絶をされないことが、まるで夢のようで。ずっとこうしていたい。リリア、小さくて柔らかくて、あたたかい。この小さな体でずっと、戦っていたんだな」


 大きな手のひらが背中を撫でる。今までの全てを労うように。リリアの心を直接慰撫するように。

 顔に熱があつまる。ラベンダーの微かな香りがして、リリアはオーウェンのベッドを思い出した。


「これからは私が君を守る。どんなに冷たい風からも、強い雨からも。私が君の壁になり、傘になろう」

「は、はい、そ、その、ありがとうございます」

「……今のは、浮かれすぎだっただろうか」

「そんなことは、ないです。ただ……そんな風に誰かに言ってもらうのは、はじめてで。オーウェン様はまるで私を、価値のある人間のようにあつかってくださるから、戸惑ってしまって」

「私にとっては、他の誰よりも価値がある人だ。当然だろう」


 これ以上は駄目だと、リリアはオーウェンの胸を押した。

 呼吸が苦しくなるぐらいに、胸の鼓動が早まっている。


 リリアの仕草に気づいて、オーウェンはリリアから名残惜しそうに体を離した。

 真っ赤になっている顔を見られたくなくて俯くリリアを、訝し気に覗き込む。


「焦らなくていいと言いながら、私は先走りすぎているな。恋をしたのははじめてで、加減がわからないんだ」

「は、はい、あの、嫌というわけでは、なくて……」

「嫌なことがあれば言ってくれ。本当は伝えないつもりだった。君は傷ついたばかりだからと思って……だが、ある日突然君が住む場所が決まったと言って出て行ってしまったら、その寂しさに私はきっと耐えられない」


 確かにオーウェンは、寂しいとリリアに言っていた。

 あれも本心だったのかと思うと、余計に顔が熱くなる。

 言葉を選ぶことが苦手なオーウェンは、リリアに時折本心を伝えてくれていた。それは、常に愛情に満ちたものだった。


「それに、君に他に好きな人ができて、私のことなど忘れてしまったらと思うと、黙っていられなかった」

「他に好きな人なんて」

「君は今まで結婚という契約にしばられていた。だがこれからは恋をすることも、何もかもが自由になる。たとえばクリストファーに恋をするかもしれない。彼は私から見ても魅力的な男性だ」

「年齢が違いすぎますよ」

「わからないだろう?」

「オーウェン様以上に素敵な人がいるとは思えません。……あの、もう、これ以上は。恥ずかしい、ですから」


 オーウェンはリリアの顔に手を触れさせると、俯いた顔を優しく持ちあげる。

 それから、金の瞳でまじまじとリリアを見つめて、甘い熱を孕んだ眼差しを向けた。


「リリア、可愛い。……これももう、君に伝えられるのだな。君は、とても可愛い」

「も、もう……帰らないと、オーウェン様。役所が閉まってしまいます」

「それは大変だ。最も重要なことを、済ませてしまわないとな。見回りをして、鍵をしめよう。それから食事をして、私たちの家に帰ろうか」


 私たちの家──と、リリアは心の中で繰り返した。

 本当にいいのだろうか。


 こんなに、突然、幸福が訪れて。

 それを受け入れてしまっても、いいのか。


「はい。オーウェン様、見回り、つきあっていただけますか?」

「もちろん」


 テネグロ図書館の見回りをして、誰もいないことにリリアはほっとした。

 もし誰かに今の光景を見られていたら、明日からどんな顔をして図書館で仕事をすればいいのかわからなくなってしまう。


 図書館の鍵をしめて、大通りに向かって歩いて行く。

 閉館ぎりぎりの時間に役所に滑り込んで、エラドの名前が記入してある離縁届を提出した。


 それはすぐに受理されて、正式にエラドとの離縁が成立した。

 

「下心がある私が君に近づいて、離縁を成立させるというのは、まるで君を彼から奪ったようだな」


 そんなことを役所でオーウェンが言うものだから、役所の担当者がぎょっとした顔をしていた。

 リリアは慌てたり、それから、笑ったりと忙しい。


 オーウェンの傍にいると、色んな感情がわいてくるのが、不思議だ。

 そして、それはとても、楽しいことだと感じた。


「リリア、無事に書類も提出できた。これで私がいくら君を口説いたとしても、誰にも咎められることはないな」

「私があなたといても、罪にはなりませんね」

「そうだな、そのとおりだ。では、デートに行こうか。君の自由を祝うため……などという建前も考えていたが、そうではなく」

「はい。よろしくお願いします、オーウェン様」

「どこか行きたいところはあるか?」


 リリアは真夜中の雨宿りカフェに行きたいと言った。

 雨の中を傘もささずに歩いていたリリアが、無事に雨宿りができたのかが気になったのだ。 




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