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運命の人



 タウンハウスの衣裳部屋には、歴代のグリーズ家の女性たちが着ていた衣服がずらりと並んでいる。

 貴族たちにとって服装とはなによりも大切なものだ。

 社交界では同じドレスを二度着ることは、嘲笑の対象になる。

 父はそのことについて特に気をつかっていた。


 リリアの母は公爵家の令嬢だったが、義母の出自は庶民である。

 社交界では爵位により人が判断される。

 過去には貴族と庶民の婚姻は許されていなかった。

 今でもその名残が残っており、義母は庶民の出でさらに言えば後妻で略奪婚ともなれば、どれほどティリーズ家が裕福であろうと馬鹿にされる。


 少しでも彼女が下に見られないようにと、父は義母の服装やアクセサリーに細心の注意を払っていた。

 リリアにとって父は冷たい人間だったが、義母に対しては愛があった。


 つまり──単純な話。

 彼は義母を愛していて、リリアの母を愛していなかったのだろう。


(父の運命は、義母だった。そして、母の運命は見知らぬ男性だった)


 それだけのことだ。

 

(だとしたら、私の運命は──)


 エラドということに、なるのだろうか。

 このところエラドは機嫌がいい。リリアが借財をすっきり整理して、毎日の遊興費を彼に執事を通じてこっそり渡すようになったからだ。

 それに、競馬で負けないように馬についても調べて、手堅い馬券をエラドが購入できるように執事から何気ない会話の中で口添えをしてもらっていた。

 

 おそらくエラドは、リリアが賢ぶるのを嫌っている。だからできる限り出しゃばらないように、リリアは気をつけていた。

 愛されたいとまでは思わないが、少しでもエラドとは良好な関係でいたかった。


「これも、少し整理したいわね」


 借財を整理できたのは、グリーズ家に大量の高価な美術品や調度品、そして宝石などがあったからだ。

 エラドは結婚を機に、グリーズ侯爵から爵位を譲られている。

 そのため、グリーズ家にある資産の売買は全てエラドの一任で行うことができる。


 今までのグリーズ家のものたちは、家の中の物に手をつけなかったらしい。

 それでも家計が回るぐらいに羽振りがよかったのは──昔は貴族の力が今よりももっと強かったからだ。

 特に侯爵家は、軍事力が強かった。歴代の侯爵たちは皆厳めしい顔をしており、鎧を着ている肖像画ばかりだ。

 

 ラファル王国はエヴァーデン王国と島を二分している。

 両国の争いは絶えず、貴族たちは戦争で武功をあげれば領地が増え王から報奨金ももらえたのだ。

 今はもう、そんな時代は終わった。エヴァーデン王国とは和平が結ばれており、鉄道の共同開発も両国で行ったぐらいである。


 過去の栄華に満ちた輝かしい時代を、グリーズ家は今でも引きずっている。

 それが悪いこととは思わないが──時代遅れの古すぎるドレスはもう、誰も着るものがいない。

 こちらにも手を付けていいと、エラドは言っていた。


 リリアは、いらないものは売り払い、質のいい調度品や価値のある美術品は残して家を整理し飾った。

 美しく整えられた家に、エラドは満足しているらしい。


 少しは信用をされている。それを感じる度に、リリアの心はあたたかかくなった。

 努力はきっと報われる。

 リリアは──それを信じていた。


「……古いドレスも、布はとてもいいものだわ。今はもう、作られていない布もある。とても価値があるものばかり。縫い直せば、高く売れそうね」


 ドレス自体に宝石が縫い付けられているものも多くある。

 一着ほどけば、家が買えるほどの価値があるものもありそうだ。


「まずは鑑定をしてもらって……必要なら、美術館に買い取ってもらうのがいいかもしれないわね」


 古いものも全て布に戻すというのは、あまり賢明ではない。骨董品としての価値があるのなら、しかるべき場所に売ってきちんと保管をしてもらうべきだ。


 当面の生活費には困っていない。税収もある。借財もなくなった。

 ドレスについてはゆっくりと手を付けていけばいいだろうと、リリアは小さなダイヤモンドが無数に縫い付けられた古めかしい婚礼着を撫でた。


「リリア、こんなところにいたのか。……今日は、僕の馬が一着をとった。どうしてか君の顔が見たいと思い、早めに帰ってきたんだ」


 何着、どんなドレスがあるのかを帳面に書き出していると、背後から声をかけられてリリアは震えた。

 そこには、エラドが立っていた。

 珍しくまだ明るいうちに自宅に戻ってきたようだ。


 最近時々は早く帰ってくるといっても、それはリリアが眠る時間がほとんどだ。

 帰りが遅い日は日付が変わってからだったり、夜明け近い時もある。

 それに──いつもは酒精を帯びているが、素面である。


「おかえりなさい、旦那様」

「あぁ、ただいま」

「旦那様の馬の名は、スピカでしたね。純白の白馬で、額に一本黒い筋がある、綺麗な馬です。おめでとうございます」

「よく知っているね、リリア」

「侍女に聞きました。私は知らないことが多いので、皆に色々と教わっています」

「そう。……君は妻として、よく励んでくれている」


 どこか恥ずかしそうにエラドは言って、背後に隠していたものを取り出した。

 ふんわりと甘い香りがする。

 それは、赤い薔薇の花束だった。


「たいしたものではないが、これを、君に」

「まぁ……ありがとうございます、旦那様。とても綺麗。嬉しいです」


 花束をさしだされて、リリアは喜びで胸がいっぱいになる。

 ドレスの種類をメモしていた帳面を棚に置いて、薔薇の花束を受け取った。

 

 赤い薔薇の花言葉は、あなたを愛しています──。

 そこまでの意味はないかもしれない。それでも。こんなに嬉しい贈り物は、はじめてだ。


「嬉しい……エラド様、本当に、私……」

 

 涙ぐみながらはにかむリリアの腰を抱き寄せると、ドレスの間に隠れるようにしてエラドはやや強引に、リリアの唇に自分の唇を押し付けた。

 

 情熱的な口づけに翻弄されながら、リリアはエラドの服を掴む。


 大丈夫。きっと、母のようにはならない。

 自分の運命はきっと彼だったのだと──強く、思った。


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