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グリーズ家の内情



 ──結婚してからのリリアの生活は、やや不自由なものだった。

 

「旦那様、今日はどちらに行かれるのですか?」

「いちいち君に言う必要があるのか? 僕を信用していないのか、僕の行動を縛りたいのか?」

「そうではありません。ただ……その、いつお帰りになるのかと思いまして。お帰りになる時間に、あたたかい料理を用意してお待ちしたいのです」


 ラファル王国は大陸の北方に位置する島国である。

 夏は短く冬が長い。夏でも気温はさほどあがらず、冬となれば雪がつもる。小雨が降る日も多く、春先でも上着が必要なぐらいには冷える。

 

 キャメル色のチェスターコートは、どちらかといえば細身のエラドの体を立派に見せている。

 濃い茶色の髪に灰色の瞳をした肌の白いエラドは、その美しい甘い顔立ちと相俟って、正装をすると品のよい貴公子に見えた。


 スカーフつきのシャツはどちらかといえば古風なものだ。エラドはそういった古風な貴族スタイルを好んでいた。そして、その服装が彼にはよく馴染んでいた。


 初夜の翌日、昼過ぎまで自分の部屋で眠っていたエラドは、昼食も食べずに身支度を整えて「出かけてくる」と、一言リリアに告げた。

 体の痛みを堪えながら早起きをして、朝から家の中の確認をしたり侍女たちに話を聞いたりしていたリリアは、エラドを玄関先まで見送った。


 タウンハウスの玄関の扉の先には、幅広の馬車道がある。

 グリーズ家の馬車が馬車道にとまっていた。


 開け放たれた扉の先の空はどんよりとした曇り。今日も小雨が降るかもしれないと、リリアは思う。


「今日は夜まで戻らない。出先で食事をしてくるから、夕食は必要ないよ」

「お気をつけていってらっしゃいませ、旦那様」

「……行ってくる」


 今までは、朝になれば身支度を整えて授業を受けるために教室に向かっていた。

 だがこれからは、エラドを見送る生活になる。

 結婚とは、多分そういうものだと、リリアは自分を納得させた。


 義母も、父が仕事に出かけるのをよく見送っていた。

 だが、子供たちを家に残して彼女も父と出かけることが多くあった。義母は父にとっての最愛であり、仕事上でもパートナーだったのだ。


 あの家に、リリアの居場所は──多分、なかった。

 義母は悪い人間ではない。父をリリアの母から奪ったという引け目は常に感じていたのだろう、リリアのことを腫れ物に触れるようにして扱った。


 リリアの存在は、彼女の罪の象徴であるように感じられていたのかもしれない。

 もちろん、愛されたりはしなかった。

 ──そんなことは、幼心にでも痛いほどよくわかっていたのだ。


 だからせめて、自分は。家族が欲しい。夫がいて子供がいて、誰も自分たちの生活を脅かさない。

 人並みの幸せを夢見ていた。憧れていた。


「……努力をすれば、きっと」


 結婚した以上、エラドは生涯の伴侶である。

 エラドのために生きようと、リリアは決意をした。今は、すごく寂しい。心に穴が開いてしまったかのように、虚しいけれど。


 エラドは家を不在にすることが多く、帰ってくると大抵酒に酔っていた。

 そのまま自室に向かい、泥のように眠ってしまう。

 侍女たちの話では「坊ちゃんは今までもそういった生活をしていらっしゃいました。ご友人とのお付き合いで、お忙しいようです」ということだった。


 エラドが不在の家の中で、リリアは──自分の仕事を探した。

 エラドの執務室には手つかずの帳簿や領収書などが山積みになっていた。それらを整理してみると、グリーズ家が赤字であることがわかった。

 グリーズ家は古い貴族だ。父のように働くということをしない。


 領地を切り売りして生計を立てており、税収もあるが、税収よりも出ていく金額のほうが多い。

 エラドの生活を見ていれば、その理由はすぐに知れた。


 彼は『友人たち』に酒をおごり、共に競馬に興じて、高級なシガーを吸った。

 グリーズ家の倉庫には使い道のない高級な調度品や宝石が押し込められており、購入を持ち掛けられると全て頷いてしまう。 

 グリーズ家の者として、『買わない』という選択肢はないのだろう。


 その代わり、リリアに与えられた生活費は微々たるものだった。金がないのだから、それも仕方ない。

 使用人や侍女や執事への支払いのほうが、妻の生活費よりも大切である。

 それらが滞るということは、プライドが許さないのだろう。


 金が無ければ金貸しから借りる。税収があれば金貸しに支払い、また借りる。

 優雅な白鳥も水面下では激しく足で水中を蹴っているという。グリーズ家とはまさしくそのような状況にあった。


 誰かに金の管理を任せることもしない。エラドの性格からして、それはとてもできないのだろう。 

 だからリリアは、まずは自分のドレスを全て売り払った。

 倉庫に山のように積まれていた調度品や芸術品を一つ一つ確認して、帳簿に物と値段を全て書き出した。


 エラドに確認すると「好きにしていい」と言われたので、不必要なものは正当な値段で売り払い、家の収支を見直した。

 どうせエラドは自宅で食事をしない。

 食費や燃料費なども必要最低限とし、手の空いている侍女たちや使用人たちと一緒に刺繍や織物をして、それを日曜日に教会前で行われている誰でも店を出せる青空市場に出店をして売った。

 

 エラドは何も言わなかったが、そういう生活を数か月ほど続けていると──少しずつ、彼の帰りが早くなった。


 時々は、自宅で夕食をとる日も増えた。


 リリアは人件費の削減のため、使用人や侍女たち皆と相談をして、夕方には皆を家に帰らせるようにしていた。


 そのためにリリアは自分の夕食だけを作って食べていた。どうせ一人きりだ。質素なものでいいと考えて、食材の残りを工夫して料理をしていたのである。


 たまに早く帰ると、エラドはリリアが作る夕食を、嫌がらずに食べた。

 とくに褒められたりはしなかったが、叱られるようなこともなかった。





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