第7話 少年からの挑戦状
相当間が空きましたが、更新はする予定です。
申し訳ないです。
決戦の日が3週間後に迫った深雪には、休日も特訓をさせられていた。
深雪はそんな晴樹のいうことに全く不満は言わなかった。
始まった当初は結構駄々をこねていたのだが、今では素直に言うことを聞いていた。
晴樹はそれに多少なりとも戸惑っていたが、いいことだと割り切って考えないことにしていた。
「そうだな……魔法の練習はこのくらいでいいか」
晴樹は不意にそんな言葉を口にする。
当然、深雪ははてなマークを頭に浮かべながら振り返る。
それもそのはず、この日の魔法練習はいつもの十分の一くらいの時間しかやらなかったからだ。
これまでは魔法を杖無しで撃つ練習や、魔法の強化などをしていた。
「魔法の練習は一人でも出来るだろ。俺がいても役には立たないし」
「え? じゃあ何するの?」
深雪は当然のように口にする。
彼女には、魔法で戦うことしか頭にないようだ。
「あのな、俺はお前に魔法を教えに来たんじゃないぞ。お前を強くするために来たんだ」
「強くするって……まさか私に体術をやれと!?」
「何故そんなに驚く?」
晴樹には彼女の心が理解できないようだ。
いや、晴樹が理解できていないのかもしれない。
「だって私……そんなのやったことないもの……あと3週間なのよ?」
「充分だ。俺の見立てでは、あの学校は体術系については些か甘いようだ。別に体術をマスターしろ、って言っている訳じゃない。対抗戦の相手に通用さえすれば良いんだ」
晴樹には作戦があった。
あの学園の生徒たちは、魔法はそこそこなものの、戦力として使えるのはほんの一握りだ。
つまり、ほとんどの人間が魔法に特化した戦いしか出来ないということだ。
そこが隙になる、と晴樹は踏んでいた。
「お前の相手する三家の奴らはどうやら、みんな学生なんだろ?」
桃花園以外の三家の代表は、みんなこの学園の生徒である。
桃花園の代表一人だけ、中学生らしいが、所詮は学生だ。
「付け焼き刃でも通用すると俺は踏んでいる」
「……」
「何だ? 自信ないのか?」
「な……! そんな訳ないでしょっ!!」
深雪は晴樹の挑発に見事に乗った。
もはやテンプレートの反応である。
「じゃあ練習だ。ただ……」
晴樹は突然言葉を濁した。
「ただ……何よ?」
「梅花園の女には注意しといた方がいいな……あいつは戦闘慣れしてる」
「そりゃそうよ。もう家の仕事の一部を任されたりしているんだもの」
私と違って……と続けたが、晴樹には聞こえていなかった。
晴樹は何故か、複雑な表情をしながら深雪を見ていた。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
翌日のこと。
晴樹は生徒会副会長に呼ばれていた。
晴樹自身、理由は分かっていない。
深雪は変な目で晴樹を見ていたものの、何も言わなかった。
「在原晴樹さん」
「はい」
「単刀直入に言います」
その言葉に、晴樹は密かに身構えた。
自分の素性、もしくは目的がバレてしまったのかと思った。
その可能性は限りなく低いものの、捨て切れないのも確かだ。
「風紀委員になりませんか?」
「「……は?」」
生徒会副会長の発言に、二人は呆気に取られた。
見事に言葉も重なっている。
「あなたの身体能力は、この学校の中でもトップクラスです」
それは当然のことだ。すでに何度も実践経験や殺し合いを体験しているのだ。
学生とは比べものにならないだろう。とはいえ、そんなことなど、向こうは気づく余地すら無いのではあるのだが。
「あなたのその能力を、学校の風紀を守るのに使ってみませんか?」
「……」
晴樹は思案していた。
任務を除いた私情を挟むのならば、面倒臭いことこの上ないことである。晴樹自身がそう感じている。
だが、そちらの方が何かと都合がいいこともあるのだ。深雪にはまだ言えないことではあるが……
閑話休題。どちらにせよ、深雪のボディーガードとして雇われている以上、深雪から目を離すことは避けたい限りではある。しかし、そんな事情など露にも知らないこの副会長は、期待の眼差しで晴樹を見つめている。対する、深雪はその逆かどうか分からないが、複雑な目であった。
「考えておきます」
そうして出た晴樹の答えは、先延ばし……所謂保留であった。とりあえず、便利な言葉であるのには間違いない。
「そうですか……では答えが決まりましたら、出来るだけ早く私にお知らせ下さいね」
彼女は一瞬だけ残念そうにしたものの、すぐに笑顔を取り繕った。
ここらへんは、彼女の優れた処世術が垣間見える。
晴樹は、彼女に一礼をして、ソファーから立ち上がる。
そして、それにつれられるように深雪も立ち上がってお辞儀をする。
こうして退室した二人を、副会長は笑顔で見送ったのだった。
部屋を出て、深雪は晴樹に尋ねた。
「いいの?」
「何が?」
「とぼけないで。風紀委員のことよ」
「ああ……こう言っちゃなんだが面倒くさい」
「……」
深雪の目が細まる。適当な答えに呆れているようだ。
しかし、それに構わず晴樹は言葉を続ける。
「それにな、秩序を守る仕事なんて、俺には似合わないだろ」
「それもそうね」
「おい。即肯定かよ」
深雪の即答に、晴樹は即ツッコミを入れる。
そんな二人に魔の手が伸びていることに、まだ彼らは気がついていなかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
そして、また翌日のこと。
「僕と勝負しろ!」
「……は?」
晴樹の目の前に一人の少年が現れた。
時刻は朝。場所は校門。少年の手には模擬槍。
つまり、晴樹達は、ものすごく目立っていた。
「ねえ晴樹。この子……誰?」
深雪が、150センチぐらいの身長しかない少年を指差す。
「俺が知るか」
「じゃあ何でアンタは絡まれてんのよ」
「だから俺が知るか!」
そんなこんなで、徐々に、そしてどんどん人が周りに集まって来た。
その中に晴樹の知り合いだったり、深雪の友達がいたりしたのだが、彼らは気付かない。
「僕を無視するな!!」
しかし、痺れを切らしたのか、少年が槍を晴樹に向けて突き出した。
「うおっ!」
不意打ちだったのだが、晴樹は間一髪避けることに成功する。
「いきなりとは卑怯だな」
「うるさい!お前の方が卑怯じゃないか!」
「はあ?」
そういうと、少年は再び晴樹に槍による攻撃を繰り出してくる。
晴樹は、全てを受け流すものの、少年の槍の扱い方に感心していた。
まだまだ未熟な部分は多いものの、筋は悪くない。将来的にはかなりいい線いくな、と思っていた。
「逃げてばかりか!」
「おっと」
晴樹は、少年の必殺の突きもかわした。
「何……!?」
「今の攻撃、まともに当たってたら死ぬぞ!?」
晴樹は少し焦りながら答える。
「ねえ深雪」
「あ、照美」
深雪は、今気が付いたかのように、照美を見る。
「「あ、照美」じゃないわよ! 晴樹、やばいんじゃない? だってあの子……」
「あ! あの子が呪文を唱えた!」
「え!?」
少年は槍を地面に突き刺し、詠唱を開始した。
「土の精霊よ、大いなる力にて、この得物に加護を! エンチャントアース!」
「補助魔法か……!」
少年の周囲に石やら土やらが出現し、少年の槍に次々とくっついていく。
そして、その槍の先は、先ほどの2,3倍に膨れ上がっていた。
「武器を使う魔法使い……彼らは補助魔法を得意とするのよ」
「照美? 杖なしでどうやって呪文を?」
「簡単よ。あの槍が杖なのよ」
「そ、そうなの!?」
「何で深雪はそんなこと知らないの!?」
「だって~実戦系の知識なんて全然教えてくれなかったんだもん」
深雪はすねるように頬を膨らます。
「拗ねない拗ねない」
照美は心の中で溜息を吐きながら、深雪の頭をなでる。
「悪かったわね~」
「私も悪かったわよ」
「でも、まだあんな子供なのにどこにそんな力があるのかしら?」
深雪は少し首をひねった。
「だからあの子は……」
「あ! あの子が動いた!」
「……全然聞かないのね」
照美は溜息をついた。
「僕の重槍を食らえ~~~~!」
「ちっ」
少年が槍を振りかぶったと同時に、晴樹はバックステップする。
その瞬間、少年の顔がふっと笑った。そして、容赦なく誰もいない地面へと叩きつけた。
「キャッ!!」
ドーンと凄い音と地響きが鳴り、深雪は転びそうになってしまった。
「大丈夫!?」
そう言う照美もフラフラとこけそうになっていた。
「って晴樹は!?」
深雪は急いで戦場へと目を向ける。
しかし、深雪は晴樹の姿をとらえることが出来なかった。
「これは、土埃?」
「初めからあの子はこれを狙っていたのよ!」
そう、少年が槍を叩きつけた衝撃で発生した土埃が、晴樹を覆い隠していたのだ。
晴樹がバックステップを選ばなければ、こんなことにはならなかっただろう。
「土埃が目に入って僕の姿は見えまい! これで終わりだ!」
少年が晴樹のいるであろう場所へと突っ込む。
「晴樹!?」
晴樹の負けを想定していなかった深雪は、初めて顔に焦りが浮かぶ。
「……だが土埃で俺の姿も見えまい」
「何!?」
「晴樹!」
晴樹の予想外に冷静な声に、深雪の顔が安心する。
「それがどうした! そこにいるのは分かって」
「そうだな」
「!?」
少年は予想外に近くから聞こえた声に動きが止まる。
「目を開けなくても、そんなバカでかい槍なら、風圧ですぐにどこにあるか気付く」
「な……」
「俺の勝……」
「光太郎!!」
「「!?」」
晴樹が勝利宣言をする寸前、この場に男の大きい声が響いた。
その声に、晴樹も少年も動きが止まった。
そして、発声源である男が、少年と晴樹に近づいてきた。
「在原晴樹殿、ですね」
「あ、ああ……あなたは?」
「これは失礼。某は、桜岡魔術学院風紀副委員長、田宮鎮という者だ」
「風紀委員……」
晴樹は訝しげに彼を見る。
「副委員長……僕は……」
「バカモンがぁぁぁぁ!!」
副委員長の田宮が少年の頭に拳骨を食らわせる。
「痛い!」
「風紀を守る者が、一般生徒に手を出してどうする!!」
「そ、それは……あいつが副会長の申し出を断るから……」
少年がもじもじしながらそんな言葉を言った。
どうやら、この少年は、副会長である梅花園の娘に好意を抱いているらしい。
「バカモンがぁぁぁぁ!!」
今度は少年にアッパーカットを食らわした。
「うぁぁぁぁ!!」
「……」
晴樹は三流ドラマでも見ている気分になっていた。
今時、こんな光景を実際に目にすることになるとは、夢にも思わなかったらしい。
「お前は入りたくない団体の勧誘を受けても、首を縦に振るのか!?」
「そ、それは……」
「たとえば、スクワット愛好会があったとする!」
「は、はい!」
「お前は俺から入れって言われれば、大人しく入るのか!?」
「た、確かに……」
この少年の頭はお世辞にも、あまりよろしくないらしい。
実際、最初から頭のよさそうな奴には見えていないと思うのだが。
「在原晴樹殿。申し訳なかった。ほらお前も」
「申し訳ありませんでした!!」
「あ、いや……」
少年と副委員長が俺に向かって土下座をした。
晴樹はそんな彼らに、逆にうろたえた。
「俺は別に何とも……」
「それは良かった……」
「あ、それと僕の名前は、市松光太郎といいます。あなたと同じ1年生です」
「あ、ああ……」
晴樹は、困惑しながら、相槌を打った。
「で、お話は以上かしら?」
「!」
気が付いてみると、晴樹達の周りには、生徒が誰もいなかった。一人を除いて。
「ふ、副会長!」
光太郎の顔が輝いた。
しかし、晴樹にはどうも嫌な予感がしてならなかった。
なぜなら、彼女の額に青筋が浮かんでいたからだ。
「市松光太郎、在原晴樹二名に告ぐ。校庭を破壊したことと、勝手に校内で戦ったことに対する罰則を与えるため、昼休みと放課後、生徒会室に出頭するように」
「お、俺も?」
晴樹は自分を指差した。
「ええ当然」
「俺は何も悪くないのにーーーーーーー!!」
晴樹は、自分でも信じられないくらい大きな声で叫んだ。
「いやあ、副会長直々に僕に罰を……」
「……」
しかし、隣で嬉しそうにしている少年を見て、一気に疲れが押し寄せた晴樹であった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
「ドンマイ晴樹♪」
その頃、深雪は教室からそんな晴樹達を見て、無邪気に舌を出して微笑んでいた。
次回はいつになるのか、明日か、明後日か、また1ヶ月後とか……