第12話 疑惑の予感
物語が動きます。
少年は力を手に入れた。
「僕の能力を使えば、君は強くなれる」
少年にとってこの言葉はとても甘い言葉であった。
だからこの言葉に惹かれた。誘われた。取り憑かれた。
「ふふふ……これから面白くなりそうだね……」
力を与えし張本人は、楽しげな笑みを浮かべたのだった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
朝稽古が終わり、深雪はいつも通りに学校へと向かった。
今日は珍しく晴樹が桜花園家に訪れず、深雪は少し気になっていた。
「(い、いやまあ別にどうでもいいわ……)」
深雪は思考を強引に打ち切り、歩みを進める。多少早足なのは、本人が無意識にそうなるように働きかけているに違いないが。
そうしていて幾数分、深雪は近くで何か穏やかでない声を聞いた。
「ゴメンで済めば警察はいらねーんだよ!!」
「ヒッ……」
今度は意識的に早足で音源のもとへと向かった深雪。予想通りそこでは金髪のグラサンヤンキー達と、中学生くらいの少年がいて、ヤンキー側が少年を威嚇していた。
「何してるのよ貴方達!?」
「あん?」
「あ」
ヤンキー達と少年がこっちへと顔を向ける。
そして、その隙に少年が深雪のもとへとやって来た。
「君は早く学校行くのよ?」
「うん」
少年は急いでその場を去っていった。意外と逃げ足が速く、彼の姿はすぐに見えなくなった。
「ならてめえが責任とってくれんのか? 女の責任の取り方は一つだよなぁ?」
「でも兄貴。こいつ、幼児体型ですぜ?」
「うわー。魅力のねー女だな」
「俺っちはむしろそっちの方が……」
「お前はロリコンだからな」
口々にヤンキー達が好き放題言い始める。中には深雪のNGワードを言っている奴もいるが。
分かったことはただ一つ。ヤンキー達は深雪を怒らせた。
「アンタたち……短い人生だったわね……消し飛びなさい!!」
深雪は杖を彼らに向けて火球を作る。それを見てヤンキー達は途端に尻込みする。
「や、やばいっすよ兄貴。あいつ……う!!」
「魔女と言ったらもっとボンキュッボンで……うぐっ!」
「まだ言うか!! くたばれ~~~~~~!!」
深雪が魔法を撃つ瞬間、彼らは何かに撃たれたように倒れていった。
音も気配も全くしなかったので、深雪は急いで辺りを見渡す。
しかし、答えはすぐそこにいた。
「よう」
「晴樹!!」
深雪は背後にいた晴樹に近づき、胸ぐらをつかむ。
「気配消して女の子の背後に立つとかどういうつもりよ!?」
「お前こそ街中で攻撃魔法使うとか、何考えてんだよ?」
「先に聞いてるのはこっちよ!! 私の後を付けてたんでしょ!?」
深雪は晴樹の言葉を無視して、胸ぐらをつかんだまま詰め寄る。
晴樹はあきらめたかのように溜息を吐いた。
「この距離ならキスされても文句は言えないよな?」
「は? ……えええ!?」
深雪は慌てて手を放して後ろに下がった。
「ふう……これで話しやすくなったな」
「な、な、な、なななななな!!!」
深雪は顔を真っ赤にして動揺している。加えて、その姿を晴樹は面白そうに見ていた。
「お前には関係ない、と言いたいところだがそうも言ってられないみたいだな」
晴樹は倒れている男たちを冷たい目で見つめる。
その冷たさはこの男たちではなく、何か別の者に対して向けられているように深雪は動揺しながらも、感じた。
「こいつらを付けてたんだよ」
「え? この不良たちを?」
「ああ」
「理由は?」
深雪は晴樹に再び詰め寄るが、さっきのことを思い出し、少しだけ離れた。
「さっきこいつらに襲われてた少年はな、桃花園雅紀って言ってな、桃花園家の代表選手だ」
「え!? あの子が!?」
深雪は予想外の事実に困惑する。
「会ったことないのか?」
「あるけど……随分小さい頃の話だし……」
「ま、とりあえず俺は上に報告しなきゃならないみたいだからな。今日はお前のところ行けないから」
「え!?」
晴樹はそう言い、最後に軽く手を上げ、その場をすぐに去った。
深雪はそれを見ているだけであった。
「何なのよ……」
そしてその日、晴樹の言った通り、彼は桜花園家に姿を現すことはなかった。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
晴樹は深夜、歓楽街にあるラブホテルの一室にいた。
当然室内にいるのは彼だけではない。
「何~? 久しぶり逢いに来てくれたと思ったら仕事の話~?」
晴樹が腰かけたベッドの上で寝そべる女性が一人。
この部屋には彼女と晴樹の二人がいた。
「ああ」
「……」
女性の方は不満そうな顔で晴樹を見る。
晴樹はそもそも彼女の方を向いていなかった。
「あなた、最近女の子の護衛引き受けたんですってね?」
「それがどうした?」
女性は溜息を吐きながら言葉を続ける。
どうやら、彼女と晴樹はそこそこ長い付き合いがあると見てとれる。
「その子って私のように魅力がある子なの?」
「無いな。というか自画自賛するな」
深雪が聞いたら発狂しそうな会話を繰り広げる二人。
残念だが、その光景を見ているのは誰もいない。
月でさえも、カーテンによって阻まれているからだ。
「それよりそろそろ仕事の話だ」
「あん。そんなのは身体を重ねてからでもいいと思わない?」
「そのまま寝たらシャレにならん。後回しだ」
「あら? 誘いを受けてくれるの?」
晴樹は軽く女性を睨みつける。しかし、慣れているのか。女性は意にも解さなかった。
しかも、余裕の笑みまで浮かべていた。
「俺は別に依頼して帰ってもいいんだぜ?」
「そんな意地悪言わないの。お願いだから、ね?」
明らかに芝居がかった口調で晴樹に話しかける女性。
さらに、上目遣いまでしてくる。この女性、男性経験が豊富と見てとれた。
「私だって誰でもいいって訳じゃないわよ? 晴樹は特別」
「その特別に何人いるんだか……」
「ま、とりあえずシャワーでも浴びに行きましょう?」
「……」
晴樹は女性の意図を理解したのか、シャワールームに入っていく女性の後に続いた。
その数分後、会話はシャワーの音によってかき消された。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
翌日、深雪は生徒会室に来ていた。なお、晴樹は一緒ではない。
「ご用件は何ですか?」
深雪は丁寧な口調で、生徒会副会長である梅花園秋乃に尋ねる。
部屋には二人だけしかいないからか、深雪は少し緊張していた。
「一週間後の対抗戦のお話です。場所と日時が決まりましたから」
「え」
「梅花園の敷地内である、梅宮公園の第二広場に午前9時集合ですわ。開始は10時ですが。遅刻しないようによろしくお願いいたしますわ」
「あ、はい」
対抗戦の場所は、それぞれの家の敷地内のどこかで行われる。
今回は梅花園家の敷地内に決まった。
当然のことながら、敷地を有する家が有利になる。
しかしそれは仕方のないことである。
なので深雪にとっての問題は、一回戦で彼女と当たってしまうかもしれないということなのだ。
いくら晴樹から猛特訓を受けているとはいえ、彼女に勝てる自信はほとんどなかった。
「でわまた。お互い頑張りましょう?」
秋乃はフワリと微笑んだ。そこには確かな自信が感じ取れる。
当然一位を狙ってくるだろう。真面目な話、彼女より4上の深雪の姉「深冬」ですら彼女には敵わないらしい。
「は、はい!」
余裕も見てとれる秋乃に対し、深雪は完全に呑まれていた。
特訓でついた自信も、彼女の前にいると消え失せてしまうようだ。
「それでは私は仕事がありますから」
「あ! 失礼しました!!」
深雪は慌てて生徒会室から出ていき、深呼吸をする。
今までは秋乃の前でこんなに緊張はしていなかった。
やはり、刻が近づくにつれて気持ちが萎縮してしまっている。
まだ彼女に、家の名を背負えるほどの精神力は無かった。
「……ガチガチだな」
「え!?」
晴樹の声に深雪は慌てに慌てまくった。
まさか生徒会室前にいたとは思ってもいなかった。
「何緊張してんだ。まだ一週間前だぞ」
「だ、だって……」
「何を緊張する必要がある? この前までは戦闘に関しては素人同然。対抗戦なんて行ったら最下位確実だろ」
晴樹が遠慮なくものを言う。
「誰もお前の優勝なんか期待してないよ。何を緊張する必要がある?」
「む」
深雪は少しだけ不満をあらわにした。
「アンタも……期待してないの?」
「当然だろ」
それを聞いて、深雪は少し傷付いたような顔になった。
「と言いたいところだが」
だが、晴樹のセリフは終わっていなかった。
「俺はそれなりに期待している。全く期待されてない奴が優勝……面白いじゃないか」
その言葉に明らかに深雪の顔が明るくなる。
本人は決して認めないだろうが。
「他の家の連中を黙らせるぐらいは訳ないと思ってる。んじゃ、とりあえず昼でも食べるか」
「う、うん!」
深雪は珍しく晴樹に対して素直になっていた。
本人たちにそんな意思はないとは思うのだが、傍から見ればカップルのイチャイチャである。
そんな二人の前に怪しい甲冑が現れた。いや、残念なことに晴樹は顔見知りである。
「残念ですが、お昼は私達と来てもらいます」
「!」
深雪は突然の来訪者に驚いた。
また、当然ながら喋っているのは、彼女のちんまい使い魔のヴァル子(仮称)であった。
「…何の用だ?」
「晴樹。風紀委員長と知り合いなの!?」
「え?この全身鎧のキチガイが風紀委員長なのか?」
晴樹はさらりと毒を吐く。
「ご主人はキチガイじゃないですよ!!」
「いや、キチガイな使い魔がそれに拍車を掛けているんだぞ」
「ええ!? 私のせいなんですか!?」
「……」
そんな洒落合いもそこそこに、晴樹は甲冑に付いていくことに決めた。
しかも、深雪に構わず歩き出してしまった。
「え、ちょっ…」
深雪も急いで後を追うことにした。
★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★★
だがしかし。深雪は食堂で早くも後悔をした。
空気が重いのだ。晴樹はいつになくという感じで、相手は全くしゃべらない。
話の内容も明るくはないからだ。近々大事な試合があるので尚更気がかりになってしまう。
さらに言えば…
「それって結構まずいんじゃないですか?」
深雪の正義感は明らかに常人の域を超えている。
こんなことを放っておけるはずもなかった。
「確かに人が人に操られていること、と言えば心当たりが無くもないがな」
晴樹は深雪を見ながらそんなことを言った。
「まさか…」
「あぁ」
深雪は前に晴樹達と一緒に行った祭りの日を思い出した。
確かあの時、晴樹と一緒にいた時に変な男たちに襲われた。
それと今朝の出来ごとの類似性に気が付いたのだ。
「それで、何か直接的な被害は出たのか?」
晴樹は甲冑に尋ねる。
「いえ。ですがここ最近変な男たちが街をウロウロしているのが、活発になっているのです」
答えたのは当然使い魔。
「そうか。それで風紀委員でもない一般生徒の俺に協力を仰ぐつもりなのか?」
晴樹は少々面倒そうに甲冑に尋ねた。
甲冑は躊躇いもなく頷いた。
「おいおい…」
「晴樹、調査してみましょう?」
呆れた顔の晴樹とは対照的に、真剣な顔で興味を示す深雪。
晴樹はそんな彼女を見てやれやれと首を振る。
「お前は大事な試合がもうすぐだろうが」
「うん。でもこんなの聞いたら試合どころじゃないわ!」
「はぁ…」
晴樹は恨めしそうに甲冑を見る。
当然表情はうかがえず、晴樹は心の中で悪態をついた。
「風紀委員は何やってるんだ?」
「風紀委員は学校内だけで手一杯なんですよ」
「魔法警察にでも任せてもいいと思うんだが?」
「実は魔法警察から有能な人材を集めて調査してくれ、と言われてるんです」
「アンタ、何者だよ…」
魔法警察に仕事を頼まれる=すでに魔法で仕事を行っているということだ。
つまり、この甲冑は生徒会副会長の梅花園秋乃と同格というわけだ。
したがって学内最強レベル。
「晴樹」
「しょうがないな。ただし条件がある」
ただで引き受けないのは晴樹らしいことである。
「まず、一週間後にこいつが試合出るから、調査は今日から4日間だけ。さらに言えば、夜は俺だけ」
「ちょっ!」
「文句言うなら引き受けないからな」
「う…」
深雪は押し黙る。
「それから、俺とのかかわり合いはこれっきりにしてくれ」
「解りました」
使い魔は即答した。
「本当かよ」
晴樹は自分の目的のためにこの甲冑は邪魔と判断した。
甲冑はその約束を守る必要はないと思っていた。
晴樹もそれは何となく察していたが、ここは何も言わずに引き下がった。
邪魔するのなら排除すればいい話だから。
「んじゃあそろそろ飯の時間にしようぜ」
「そうね」
キーンコーンカーンコーン
「「……」」
晴樹と深雪は言葉を失った。
そして甲冑は挨拶もせずに席を立ち、彼らから離れていった。
「…甲冑って食えると思うか?」
「お腹壊すだけだと思うわ。でもその気持ちは凄く分かる」
二人は微妙に甲冑に殺意を抱いたのであった。