第9話 救われるものと救われないもの(中篇)
―あらすじ―
とある日の夜、深雪は謎の子猫と出会う。
何故か妙にその子猫が気になった深雪は、次の日、学校をサボってその子猫を追った。
その際、目を離している隙に、謎の男たちがその子猫を追いかけているのを発見した。
おかしいと感じた深雪は、その男たちから子猫を守るために、子猫を抱えて懸命に逃げた。
しかし、結局優男の魔法使いによって子猫を奪われてしまう。
何とか晴樹が助けに入ったおかげで、深雪に怪我はなかったものの、優男には逃げられてしまう。
一人で助けに行こうとする晴樹に強引に付いていこうとする深雪。
口論になるも、結局晴樹が折れ、一緒に行くことになった。
優男が組織のボスらしき男に気絶した猫を差し出した。
「任務ご苦労だったな。ところで、この猫は死んではいまいな?」
「ええ。あまりにもうるさかったので、電気ショックで気絶させただけです」
「ほほう……」
ボスらしき男はいやらしい笑みを口に浮かべ、子猫を見る。
子猫はぐったりしており、動かない。
「くっくっく……長年の研究成果を見せる時だな……」
ボスらしき男は、冷たい目で、だけど愛おしそうに子猫を撫でる。
まるで、狂った愛情を注いでいるかのように。
「母親は失敗したが……次こそは……」
そしてその男は、クククッと下品な笑みを浮かべるのであった。
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「バニラ!」
晴樹たちはバニラと合流した。
バニラはしっかりと手掛かりを見つけてきてくれたようだ。
「偉いわバニラ!」
しかしバニラは何故か深雪ではなく、晴樹の方へと向かっていった。
「って何よう! 何でアンタの方に懐いているのよ!」
「知らんよ、そんなのは」
二人と一匹は、目的地へと向かうことにした。
「ところでさ、何でアンタはバニラと一緒だったのよ?」
「こっちにもいろいろあったんだよ」
晴樹は煙に巻くような受けごたえをした。
当然、そんな答えに深雪が納得するはずもなかった。
「いろいろって何よ」
「まあ……別の依頼だ。そんでそれはバニラを使った方がいいと俺が踏んだという訳だ」
「人んちの犬を……」
「まあお前の親父さんが快く貸してくれたんだがな」
「はぁ……やっぱり……」
深雪は肩を落とした。
姉といい、父といい、本当に血が繋がっているのだろうかと疑いたくなるほど、深雪は真面目である。
別にコンプレックスとかはないが、少しきちんとしてほしいと思う部分はある。
それにもかかわらず、二人とも優秀な魔法使いなことには、深雪は納得いかなかったりするのだが。
「そろそろだな……」
「え?ここってただのショッピングモールじゃないの?」
着いた場所は、比較的にぎやかな地下のショッピングモールであった。
深雪にとっては、こんなところにマフィアのアジトがあるとは考えにくい。
「だからこそだよ。……こっちらしい」
「そういうものなのかしらね……」
深雪と晴樹は、バニラに付いていき、そして、立ち止まった。
「……なるほど」
目の前には関係者以外立ち入り禁止の扉が。
ショッピングモールならば、あってもおかしくはない扉ではある。
そして、晴樹にとってはビンゴでもあった。周りに人気もないので。
「……こういうことだそうだ」
「どうするの?」
「力づくって訳にもいかないしな」
おそらく監視されてるし、と晴樹は付け加えた。
「え!? じゃあばれてるの!? 私たちの追跡」
「当然だろ。あんだけ派手にやり合ったんだ。今頃、いっぱい罠を張ってるぜ」
「う……でも行くしかないでしょ?」
「そうだな」
晴樹は目の前の扉を睨みつける。
「だがな、ここから入るのは俺一人。お前は別ルートだ」
「え!?」
「バニラには言ってある」
晴樹は真剣な目で深雪を見る。
深雪も真剣なまで見つめ返した。
「私を撒く嘘じゃないわよね……? 信じていいのよね?」
「ああ」
「……分かったわ」
そう言ってバニラと深雪はその場から離れていった。
「さて、と。俺は……」
晴樹は扉に背を向ける。
人気が無いのを確認してから、マジックスナイパーを監視カメラ(隠しも合わせて3台)を撃った。
「な……」
すると、男たちが見計らったかのように出てきた。
「さあて、誰がキーを持ってるかな?」
晴樹は、男たちの顔を一人ずつ見た。
そして、構えをとる。
「お前らの身体に聞いてやるとするか!」
そうして晴樹は男たちに突っ込んでいった。
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その頃深雪は、ショッピングモールを出て、公園の方へと向かっていた。
「本当にこっちにあるのかしら?」
深雪は少し心配になりながら、妙にゆっくり歩くバニラを見る。
しかし、バニラはいつもと特に変わらなかった。
元々、バニラの散歩をするのは、姉と執事であったため、私はあまりバニラと二人になったことはない。
晴樹に妙に懐いているのには納得いかないが、今は我慢しておく。
「はぁ……もうすぐ学校も終わりね~……」
時刻は午後三時前。
みんなもうすぐ下校の時間である。
この姿をみんなに見られたら非常にまずい。
一応、優等生として通っている桜花園家の私が、サボりなんてばれてしまったら……
「考えたくもない~~~~!」
深雪は頭を抱える。
しかも、晴樹と二人休みと言うことは……
「はっ! 妙な噂を立てられてしまったり……それはちょっと困る……」
深雪は少し俯く。
しかし、すぐにハッとする。
「ん? 少し? 違うわよ! 結構困るのよ~~~~!」
深雪はさらに頭を抱える。
そんな深雪を道行く人は変な目で見ていた。
「はっ!」
深雪は急いで体面を整えると、いつものような仮面を被った。
しかし、如何せん制服姿は目立つ。
結構目立つ。
「はぁ……」
そして、公園のベンチで何故か腰を下ろしたバニラ。
「ん? どうしたの?」
バニラは口の中から紙を取り出した。
そしてバニラはその紙に文字をうかばせた。
「え? これは……晴樹のメッセージ!?」
そしてそのメッセージを見た途端、深雪は絶句する。
バニラは一匹のほほんとしていたが、深雪の顔の変わりように少しだけこわばった。
そして、深雪は紙をくしゃくしゃに丸めた。
「晴樹……騙したわね~~~~~!!」
深雪はその紙ごみを公園のごみ箱に捨てると、バニラを連れて急いで走っていった。
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何個目かのトラップをかわし、晴樹は多少うんざりしていた。
余りにも、下手な鉄砲数撃ちゃあたるトラップなため、気分も降下する。
むしろ、それが狙いなら、凄いのだが。
まあとにかく、晴樹にとっては何でもないトラップが非常に多い。
さらに、無駄に多い下っ端連中も退屈しのぎにすらならないという始末。
彼にそろそろ飽きが出始める頃、彼は大きな広間に出た。
「……ほほう。何かありますみたいな部屋だな」
「その通り」
「……その声は」
晴樹は、聞き覚えのある声に耳に神経を傾ける。
「やっぱり来たようだね」
晴樹の目の前に現れたのは、例の優男だった。
「アンタか」
「ふっふふ……君も中々凄い男だね。ここまで数多くのトラップがあったと思うんだけど」
「全部引っ掛かっておきながら、ここまでたどり着いたことに関しては、及第点だ」
晴樹は鋭い目で相手を睨めつける。
「でも、残念ながら落第だよ。僕と出会ったのが運の尽きさ」
「それはどうかな?」
そのとき、晴樹の後ろから足音が聞こえてきた。
「……来たようだな」
「はーるーきー!!」
「よう」
晴樹の後ろから現れたのは深雪であった。
もちろんバニラも一緒だ。
「アンタ! 私を騙したわね~~~!」
「騙した訳じゃない。これが一番手っ取り早いと思っただけだ」
深雪に詰めよられた晴樹は、少しうざったそうに彼女を振り払う。
深雪はまだ言いたいことがあったらしいが、晴樹と相対する相手を見て、おしゃべりを止める。
「ははは……完全にしてやられましたねぇ。二方向からの攻撃は嘘で、時間差の一方向攻撃ですか。あなたが全ての罠を発動させ、彼女に罠が発動しないようにした。そして、カメラも壊すことでこれを気がつかせないようにした。おかげで我々の戦力は分散してしまっていますねぇ」
「長々と説明しているところ悪いが、時間が無いんでな。深雪、バニラと一緒に先に行け」
「分かった」
深雪はバニラと一緒に広間の先に進んでいった。
「ほう。見逃すのか」
深雪の姿が確認出来なくなった後、晴樹は優男に話しかけた。
「僕はフェミニストなんですよ。ガキは嫌いですがね」
「そうか。とりあえず、やり合うとしようぜ」
晴樹と優男は、共に構えをとる。
そして、数秒沈黙が流れた後、爆発したかのように戦いは始まった。
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「始まった……」
戦いらしき音が後ろから聞こえたことに、晴樹が戦いを始めたことを悟った。
「バニラ! 急ぐわよ」
深雪も、たまに出てくる黒服の男たちを魔法で足止め、バニラに倒させるという戦法をとっていた。
当然深雪も、バニラが何だか知っている。
そしてバニラは、重戦車のように男たちを蹴散らす。
深雪も負けずに杖を振るう。
「キリが無いわね! バニラ!巨大化よ!」
その途端、唸り声上げながらバニラが本当の姿を現す。
「な、何だこの犬は……!?」
バニラは体長を5メートル近くまで大きくした。
バニラは、魔獣であることを隠すために、いつもは仮の姿をとっているのだ。
「行くわよ!」
深雪はそんなバニラに跨り、先へと進んだ。
「くっ……追え~~~~~!」
しかし、バニラに彼らは追いつけることはなかった。
そうして数分後、深雪とバニラは妙な部屋に到着した。
周りは試験管やらビーカーやらでいっぱいだった。
所謂、実験室みたいだ。
「何なの? この部屋は?」
そのとき、部屋が突然明るくなった。
「キャッ!」
「ようこそ。私の部屋へ」
「何?」
深雪の目の前に現れたのは、スーツ姿の見るからに怪しい男であった。
「アンタがここのボス?」
「そういうことになる。まさか私の部屋を最初に発見したのがこんな小娘だったとは」
深雪とバニラは、男を睨みつける。
「しかも、まさか魔獣まで一緒とは……君とはいいお友達になれそうだ」
「どういうことよ!?」
「おや、気が付いていなかったのかい?」
「え?」
男は深雪に意外そうな顔を向けた。
その顔が、深雪をバカにしているようで、彼女は少しいらだつ。
「あの子猫も魔獣だよ」
「な!?」
深雪は衝撃で身体が動かなくなる。
人間、驚愕の事実を知るとそうなってしまうのだ。
「ここは魔獣を作り、育てるための研究施設なのさ」
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優男は、中々の身体能力を持っているようで、晴樹が肉弾戦をしても、中々捉えられない。
「その銃はマジックスナイパーですね」
「だからどうした?」
戦いの最中、優男は晴樹に話しかけた。
「それが君の杖なのかな、と思ってね」
「杖? バカ言え。俺は魔法使いじゃない。ただの戦闘家だ!」
そんな優男の顔を晴樹は全力で殴った。
「うぐっ!」
優男は大きく後ろへと吹っ飛んだ。
「悪いがお前にいつまでも構っている余裕はないんだ」
「ふっふふ……肉弾戦では君の方が上手のようだ」
優男はゆっくりと立ち上がり、懐から杖を取り出す。
「破!」
「!?」
優男が叫んだあと、晴樹の足元に魔法陣が出現した。
晴樹は完全に不意を突かれた形になる。
「この魔方陣は……!」
「拘束魔法さ」
魔方陣の部分の中央から黒い渦が巻かれる。
「く……」
晴樹はその渦に足を取られてしまい、身動きが取れなくなっていた。
「後はじっくり君を倒すことにするよ。闇の精霊よ、深淵の底より出づるものにて其の闇を具し、狂想曲を奏でたもう、カプリッシオ!」
優男の杖から出る、闇の旋律が晴樹の身体を襲う。
当然身動きのできない晴樹は、モロにそれを食らうことになってしまう。
「すまないね」
闇は晴樹の身体に触れ、大爆発を起こした。
優男は勝利を疑わなかった。
この闇の力は、触れるだけで呪いの力も発動するため、例え倒せていなくても、相手に深刻な精神ダメージを与えることが出来るためだ。
「ふ」
優男が少し笑った途端、黒い煙の向こうからボソッと何かが聞こえる。
「?」
「魔力解放、一番、二番」
「!?」
そんな呟きの後、闇の力が優男に帰って来た。
優男は身の危険を感じて避ける。
そして行き場をなくした闇は、壁にぶつかる前に消失した。
「何をした!?」
「ちょっと魔力を増幅させただけだ」
「魔力の増幅だと……!?」
優男は晴樹の信じられない言葉に驚愕する。
しかし、信じずにはいられない。今の晴樹は、明らかに前までとは違っていた。
纏っていた魔力量が段違いであった。
「そ、それがどうした……! 私もまだ」
「遅いな」
「!」
魔力を全部足に集めた晴樹が、一気に優男の目の前にやって来た。
余りにも早すぎるせいで、晴樹にとって優男の行動全てがスローモーションに見えていた。
「俺と戦ったことを恨むんだな!」
「うぐあっ!」
そうして、今度は全魔力を込めた右拳で、優男の鳩尾を突いた。
優男は30メートル近く吹っ飛んで壁に激突。
そして、泡を吹いてしまった。
「……急ぐか」
晴樹は、もう動かない男など気にもせず、先に進むことにした。
彼の本来の任務は深雪の護衛なのだから。
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「あの子猫は突然変異の魔獣ではない」
ボスらしき男が深雪に語りかける。
「生まれながらにしての魔獣! まさに私の最高傑作!」
男の狂気的な笑みは、深雪に鳥肌を立たせた。
「ただ、まだ覚醒していないのでな、それだけがマイナスポイントだ。喜べ君たち! 今から最強の魔獣の誕生の瞬間に出会えるのだから!」
「させるものですか!」
ガラスケースに入っている子猫を見ながら深雪は叫んだ。
しかし、そんな彼女の目の前に二匹の虎型の魔獣が現れた。
「くっ……」
「さあて」
男は、何かのスイッチを入れた。
そして、子猫の入っているガラスケースが紫色に光る。
子猫が苦しんでいるように見えた。
「やめなさい!」
しかし、そんな深雪を妨害するかのように、二匹の魔獣が深雪を襲う。
「邪魔よ!」
しかし、やはり肉弾戦が素人の深雪は、かなり苦戦してしまっている。
対するバニラは、魔獣と互角に戦っていた。
「火の精霊よ……キャッ!」
呪文を唱える暇もなく、虎型魔獣に体当たりを食らわせられた深雪。
彼女は、思わず尻もちを着き、杖を手放してしまった。
「しまった……杖が!」
「おしまいのようだな」
杖は運が悪く、男の足元に転がっていった。
そして、その杖を男が拾う。
「く……」
深雪は唇をかむ。
状況は絶望的。
こんなとき……晴樹ならどうするのだろうか?
彼は絶対に諦めないだろう……
そう深雪は強く意志を持つ。
「ほう……まだ諦めていないのかい?」
深雪の強い瞳を見て、男が呟いた。
「私は……桜花園の者よ……こんなところでぇぇぇぇ!!」
深雪が近くにいた虎型魔獣に手を翳す。
「火の精霊よ!!」
深雪の手から炎が発生し、虎に直撃する。
「何だと……あんな小娘が杖なしで魔法だと!?」
深雪はそのまま炎を強くし、虎型魔獣を吹き飛ばした。
「桜花園家の娘をなめんじゃないわよ!」
「それでいい」
そして、背後から晴樹の声が聞こえてきた。
どうやら追いついて来たようだ。
「晴樹!」
「反撃開始だ」
晴樹はそう深雪に合図をした。
二人の共同戦線が初めて張られた瞬間だった。
深雪が初めて晴樹の隣に立った瞬間でもあった。
意外と長くなってしまった。
全部合わせて20000字近く……