日律帝國最後の反抗12
mitotayo
この回でようやくキリの良い所で終わらせることができました。ウォール島沖海戦はここで一旦終結となります。もちろんこの物語はまだまだ続きますが、ちょっと学業がヤバいので次はまた期間が開くかもしれません。
〈十六章 共倒れ〉
「敵艦隊を発見!全機攻撃態勢へ入れ!!」
皇暦2515年7月18日午後4時53分、日帝の攻撃隊が怜軍の機動艦隊を捉えた。命令通り、一ニ式艦爆は艦隊上空の雲の影に隠れ、ニ一式艦攻は艦隊の側面に旋回しつつ降下を始めた。
「我々戦闘機隊はこれから現れるであろう敵直掩機の迎撃に当たる。各機散開し、攻撃の準備を行うように」
白石は未だに「イルカ」に逃げられた事に苛立っているのか仏頂面で無線に耳を傾けている。
──敵の直掩機はどうせ堕天使だ。対処法が分かりきっている敵を撃退するのはつまらないな……。
白石はとある人間の言葉を思い出す。
「飛行士って言うのは機械だ。戦闘機という敵機を撃ち落とすための道具に溶け込み、その機械の一部となるのが理想なのだ。感情を持っていても敵に心を壊してしまうだけだよ。憎しみという感情以外はな」
──予科練の担任教官の言っていた事は間違っていなかった……。感情を持って戦いに挑んだ連中は皆死んでいった。生き残っている人たちは負の感情を隠すように馬鹿騒ぎをする。感情を戦闘に持ち込まないようにする方法なんだろうか……。
白石は1人そんな事を考えた。戦闘をつまらないと感じた自分を否定しながら。
「こんなこと考えてもしょうがないな……」
そう呟いて白石は自分の頬を叩いた。
──今は戦いに集中しないとね。
風防の外では、ちょうどニ一式艦攻が攻撃を仕掛けようとしていた。
「先行するピケット駆逐艦、アルマンより報告!敵の雷撃機と思われる航空機が10機、左舷方向より接近中との事です!!」
怜軍機動艦隊の旗艦「エンタープラネット」の艦橋で、マイク・スレーブ・ヒルチャーは通信兵から報告を受けていた。
「例の傍受した電信にあった援軍でしょうか?」
後ろに立つ1人の参謀が不安そうに聞いた。
「……それしか無いだろう。全艦、敵航空戦力に対し各個に迎撃を行うように伝えてくれ」
「はっ」
通信兵は走って電信機に向かっていった。
「コボルウェーブに伝達。エンゼルタイガーを1機残らず発艦させろ。数で対抗する、とな」
エンタープラネット、コボルウェーブの2隻の正規空母からは、合計30機のエンゼルタイガーが発艦した。一列になってエンゼルタイガーが発艦して行く様子を、ヒルチャーは黙って見届けた。
「敵空母より堕天使が計30機発艦、縦一列に並んで上昇してきます!!」
「了解した。堕天使を1機残らず叩き落とすぞ!全機、これより敵直掩機隊の攻撃を行え!!」
山里の声と同時に、10機の三三式艦戦が発動機を唸らせて加速する。機体を翻して急降下し、エンゼルタイガー編隊の脳天に向かって二十四ミリ機関砲と十三ミリ機関銃を放つ。一瞬の内に10機の三三式艦戦はエンゼルタイガーの横スレスレを降下する。間を置いて、エンゼルタイガー編隊の中央部に居る6機のエンゼルタイガーがグラっと体勢を崩して錐揉みを始めた。防弾ガラス製の風防を突き破った二十四ミリ曳航弾はパイロットに直撃して即死させたのだ。急降下した三三式艦戦は海面近くで上昇に転じ、再度エンゼルタイガーに機首を向けた。エンゼルタイガーの群れが散開すると、三三式艦戦は各々の標的を見つけ、攻撃を仕掛ける。艦隊上空は一瞬の内に乱戦に発展した。
次に動き出したのは一ニ式艦爆編隊だった。機体を翻し、60度の角度で急降下を始める。しかし、機動艦隊からの対空砲火は一ニ式艦爆には向いて来なかった。
「ダメです!あれでは味方にも当たってしまいます!」
そこかしこで砲手は上司にそう叫んでいたという。その上ニ一式艦攻からの雷撃で回避に手一杯な中型艦は特に一ニ式艦爆パイロットの格好の的となった。
「投下!」
10機の一ニ式艦爆から一斉に投下された10個の五百キロ爆弾は、各々が狙った艦艇に吸い込まれるように落下する。数秒の時間が流れた後、白石達の戦闘機隊の目には赤く燃え盛る輪形陣の姿が映った。
「これ以上の戦闘は無用!全機、撤収せよ!」
無線から中里の声が聞こえるのと同時に、三三式艦戦は次々と反転して撤収して行く。白石は追尾していたエンゼルタイガーを二十四ミリ機関砲で粉砕した後、大きく旋回して先を進む三三式艦戦について行く。三三式艦戦の風防は、沈みかけている太陽の夕日を反射させていた。
午後6時11分。太陽はほぼ沈み、夕焼けが雲や海に当たり幻想的な景色が広がっていた。そんな大空に、機影が3つ。エンゼルタイガーが2機と、LSGが1機。LSGは被弾しているのか黒煙をエンジン付近から吹いている。1機のエンゼルタイガーの機首には、イルカのノーズアートが描かれていた。
「母艦までもう少しだ。ルイーダ、機体は持ちそうか?」
「ああ。着艦までは持つはずだ」
アウグレットは無線機を通じてLSGのパイロット、ルイーダと会話をしていた。
「すまない……。俺達戦闘機隊が不甲斐ないばかりに、沢山の同期を死なせてしまった……」
僚機のエンゼルタイガーのパイロットがルイーダに謝る。
「いや、君たちのせいじゃないよ。敵が上手かっただけだよ……。それに俺はあいつらと同期だが、戦友と感じた事はない。そんな事で謝るんじゃない」
「……分かった。すまん」
無線に沈黙が流れる。アウグレットは風防から見える幻想的な景色を眺める事にした。だが……。
「ん?今、左に何か居なかったか?」
僚機のパイロットが疑問の声を上げる。
「気のせいじゃ無いか?流石にここまで敵は……」
ルイーダが言い終わらない内に、いきなり僚機のエンゼルタイガーが爆散した。
「っ!!何だ!?」
アウグレットが周りを見渡すと、エンゼルタイガーの破片に紛れた機影を1つ見つけた。それは高速で上昇を始めた。
「ルイーダ、速度を上げろ!!艦隊防空圏内に逃げ込むんだ!!」
「アウグレット。お前はどうするんだ?」
「心配は要らないよ。僕には技術がある。何とかするさ……。それより早く!」
アウグレットはルイーダを急かす。機影はもうすぐそこまで上昇していた。
「……分かった。無理はするな!」
ルイーダはそう言ってLSGを一気に加速させた。
「ああ、分かってる」
アウグレットはそう返事をしてその機影を睨みつけた。その機体には、黒猫のノーズアートがあった。
「艦爆に用はない。目的はお前だ、イルカ!」
白石は加速していくLSGには目もくれず、イルカに向かって一直線に向かって行く。
「感謝しますよ……中里中隊長!」
イルカとの再戦を許してくれた中里に感謝を呟きながら十三ミリ機関銃を放つ。イルカは機体を捻らせて回避する。白石はそのまま降下していくイルカを追いかける。どうにかして白石を引き離そうと複雑な機動で空中を駆け回るイルカに、白石は簡単に食い付いていく。
「機動力はこっちが上!いい加減理解した方が良いぞ!」
白石はイルカに向かって聞こえるはずもない忠告をした後、必中の距離まで近づき照準器から機体がはみ出しているイルカの機体に二十四ミリ機関砲を撃ち込んだ。イルカの機体は二十四ミリ曳光弾の直撃を受けて爆散……しなかった。二十四ミリ曳光弾がイルカの機体に当たる直前に軌道を変えて回避したのだ。
「なにっ!?」
白石が背後を見ると、まるで独楽のように静止して回転しているように見えるイルカが居た。イルカが動き始めると一気に加速して距離を詰めてくる。
「ちくしょう!!」
「さぁ、叩き落としてやる」
アウグレットはそう呟いてスロットルを全開にして加速した。
──まさか兵学校の先輩が言っていた軌道が出来るようになっていたなんて……。
アウグレットは自分の操縦技術に驚いきつつも、15ミリ機関銃の引き金に指をかける。
「今度は僕の勝ちだ、黒猫!」
そう叫んでアウグレットは15ミリ機関銃の引き金を引いた。15ミリ徹甲弾は黒猫の機体に一直線に向かって行く。黒猫は苦し紛れに機体を捻って回避しようとする。その瞬間、黒猫の翼端がアウグレットの右翼に迫ってきた。
「っ!まずい!!」
アウグレットは回避しようとしたが、既にアウグレットの機体と黒猫の機体は接触していた。両機は体勢を崩して錐揉みを起こしながら落下していく。その光景を唯一近くで見ていたルイーダは目を見開いた。
「アウグレットォォォ!!」
その叫び声も虚しく大空に吸い込まれていった。
何故アウグレットのノーズアートがイルカなのかについて。
白石武のノーズアートである黒猫は、もちろん白石や森下綾香が可愛がっていたクロが由来です。では、アウグレットのノーズアートがイルカなのは何故でしょうか。本編に登場するかはまだ分かりませんが、アウグレットがレイブン皇国に帰国した後の学生時代、遊びに行ったビーチで泳いでいる時に一頭の子イルカが彷徨っている所に遭遇しました。アウグレットは子イルカを沖の方に誘導して助けてあげたのです。それを見たとあるクラスメイトに、
「アウグレット君はイルカと意思疎通でも出来るの?確かにイルカっぽいけど」
と言われた事がきっかけらしいです。