第五章:その2
俺を乗せた馬車が進む。
諦めの境地に達した俺を乗せた馬車が進んでいく。
平民たちの通う校舎、通称平民部に向けて。
当たり前の話だが、馬車は内装もめちゃくちゃ豪華である。
やたらと凝った意匠かつノブが黄金でできたドア。
細かな刺繍の入ったシルクのカーテン。
そしてまるでソファのようにとても良い座り心地の座席。
振動も殆ど尻に響いてこないし、正直車内はとても快適だ。
俺には分不相応すぎて居心地がとても悪いことに目を瞑れば、だが。
窓の外を見れば、道行く学生たちがこちらを見ているのがわかる。
そりゃそうだよな、目立つもんな。
誰だって凝視する。俺だって凝視する。
「手でも振ってやれば良いではないか」
「俺はお前と違って偉くないんだよ」
目の前に座っている女は、俺の恨みがましい視線や棘のある言葉など気にも止めない。
むしろそれを楽しんでいるかのような表情を浮かべている。
「というか何で当たり前のように乗ってんだお前」
「煩いのう、未来の夫の見送りに来て何か問題でもあるのか?」
おそらく、というか間違いなく全ての元凶。
俺の学園生活にいちいちカオスな状況をあてがって来る女。
メイド服に身を包んだ皇帝とかいう謎の存在、オレアンダー。
馬車内は、俺と俺の隣に少尉、対面にオレアンダーという席割り。
少尉は今、腕を組んで目を閉じている。
偉い人と一緒に乗るときはもっと畏まったポーズをすべきではなかろうかと思うが、やはり少尉もこいつを偉い人と認識したくないのだろうか。
だとすれば気持ちはわかる、とても、かなり。
そしてベルガーンは乗る前にどこかに行った。
何も言ってはいなかったが、恐らく本当にオレアンダーのことが嫌いなのだろう。
「聞いたぞ、公爵の小倅と揉めたそうではないか」
「揉めてはない」
公爵の小倅というのはあのロン毛のことだろうか。
耳が速いなと思うが、あれを揉めたことにされるのは困る。
何しろ俺は何もしてないし何も言っていない、むしろ必死にやり過ごそうとしてたくらいだ。
残念ながらそれがロン毛とその取り巻きの気に障ったらしいが……それでもまだ揉めてはいないと、そう思いたい。
「何なら公爵家を取り潰───」
「いやそういうのいいんで」
「妾の言葉を遮るとはいい度胸じゃな」
「時短だ時短」
俺はロン毛から何かされたわけではない。
めんどくせえなとは若干思っているが恨む要素もない。
それで取り潰してたら貴族がいくつあっても足りないだろう。
というかいくらなんでも可哀想だ。
「ならば良い、困ったら武力で解決せよ。お主の魔力ならば”ワンド”さえあればどうとでもなる」
「なんでそんな物騒なんだよ……」
蛮族かこの女。
子供と揉めた際に相手をフルパワーで叩き潰しに行く大人とか色々とどうかしていると思う。
そもそもそこまでのトラブルに発展させたくないし、しても平和的に解決したい。
「そんなだからお主は舐められる、物事は最初が肝心じゃぞ?」
「そこは否定できん」
実際、最初の対応が微妙だった結果が今の状況だというのは否定のしようがない。
かと言って、じゃあどうすれば良かったのかと考えても全くいい案は浮かんでこないというのが正直なところだ。
毅然とした態度で対応していてもトラブっていただろう。
取り巻きのメガネはそういう展開に持っていくためにいる存在だろうと俺は思っている。
ロン毛にとって気に入らない事態が起こればあいつが出ていって威圧し、相手がビビったらロン毛が止める。
実に性格の悪い連携だが、多分これに関してはそう間違っていないはずだ。
実際ロン毛がメガネを止めたのは少尉が前に出たあと、これ以上は威圧の効果がなさそうってタイミングだったし。
かと言ってオレアンダーが言うように力でねじ伏せようにも、俺は”魔法の杖”がなければ何も出来ないに等しい。
少尉に任せるというのは情けないにも程があるし、そもそも頼んでもやってくれなさそうという疑惑がある。
「変なところで生真面目になるのもお主の面白いところじゃな」
悩んでいるのを見透かしていると言わんばかりにオレアンダーは笑う。
「いよいよ対処に困ったら言うがよい、それまではお主で何とかしてみせよ」
「ありがたきおことばー」
「微塵も感謝の念がこもっておらぬではないか」
「お前に正直に感謝するの、なんか抵抗あるんだよ」とは思っていても言えない。
間違いなくイジられるから。
とはいえありがたい言葉だったのは事実だ。
オレアンダーがこういう時しゃしゃり出てくるタイプだと、こっちとしても困るところだった。
ひとまずは俺の意思も尊重してくれるつもりらしいというのは、だいぶ助かる。
まあただ、オレアンダーのことだから何を考えているのかはさっぱりわからないんだけど。
何しろ傍若無人が服着て歩いているような女だ。
もしかすると俺には想像もつかないことを考えているのかも知れない。
「お主、何ぞ失礼なことを考えておるな?」
なんでわかったんだ。
こいつもベルガーン同様俺の心が読めるのか。
「お主は思考が尽く顔に出ると自覚したほうが良いぞ」
ベルガーンと同じことを言うな。
これはこいつも心を読んでるな、間違いない。