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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第五章:一般人男性、通学する。
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第五章:その1

”初日”には独特な空気があると俺は思う。

何とも言えない緊張感と高揚感、それに期待と不安。

個々人がそれらを感じ、他の者に伝播し、場自体がそんな雰囲気に包まれる。


突然始まった異世界での学園生活。

その登校初日の貴族寮の廊下にて、俺はまさにそんな空気を感じている。

まさかこの年になってこの感覚を、それも新入学という形で味わうことになるとは思っても見なかった。

新鮮さと懐かしさがないまぜになった不思議な感覚だ。


周囲にいる真新しい制服に身を包んだ若い貴族の子供たちも、今日浮かべているのはそんな期待と不安が入り混じったような……若干不安の方が勝っていそうな顔。

彼ら彼女らにとって学園への入学は社交界デビューと似たような側面もあるだろうし、緊張は俺の比じゃないんだろうな。


とは言えそんな緊張の中でも、俺の動向は気になるらしい。

廊下で俺とすれ違ったり俺が横を通り過ぎる度、それまでしていた会話を中断して俺の話を始めたのが聞こえてくる。

話題としては少尉やメアリと俺の関係だったり、俺の登校先だったり。

前者に関してはけっこうろくでもない噂が流れているらしく、訂正するかやめさせるかしたいところなのだが……俺が何を言ったところで信じてもらえないと思うので、どうにかするのはかなり難しい。

ただまあ少尉はめんどくさがりこそすれ気にしておらず、メアリの方はむしろ面白がって誇張しようとしているらしいので、案外俺も気にしなくて良いのかもしれない。

本格的に迷惑になってきたらオーモンド公爵家が何とかしてくれるんじゃないかとは思ってるし。

「何とか」は俺の退学とかかも知れんけど。


登校先に関しての方はもう仕方がない。

何しろ俺が通うのは貴族連中とは別の校舎、平民部なのだから。

前代未聞、学園史上初の出来事らしいので噂になるのもやむなし。

俺だって同じ立場だったら噂するわ。


ただまあ通う先が貴族部でなくて良かったとは思っている。

今の俺の服装は安っぽい普段着、入学式に着ていったスーツですらない。

当然制服を着た者ばかりの貴族寮では悪目立ちしまくっているのだが、これが「寮だけでなく学校にいる間中も」となると寒気がしてくる。

まあ今からでも平民宿舎に住ませてもらえればそれで俺の悩みは綺麗さっぱり全部まるっと解決するんだが、残念ながら何故かそれは許されない。

ファッキューオレアンダー。


「そういえば平民部って徒歩で行くの?」


ふと思い立ち、少尉に問いかける。

色々回った昨日のうちに聞いとけよって話だが、浮かばなかったのだから仕方ない。


ちなみに少尉も俺同様にラフな格好だが、俺とは目立ち方の質が違う。

彼女に対しては見惚れる者がほとんど、こういう時何着ても似合う超絶美人はズルい。


「徒歩でもいいけど、そこそこ距離あるよ」


以前の学園見学もこの理由で平民部へは行かなかったし、そもそも少尉やアンナさんも平民部には行ったことがないらしい。

正直この学園は敷地が広すぎると思う。


「じゃあ車とかで?」

「ブフッ」

「なんで笑った!?」


俺の問いに、何故か突然少尉が吹き出した。

解せぬ、俺なんかおかしなこと言ったか?

徒歩で行くには遠い距離となると車かチャリって話になると思うのだが。


そこまで考えて、少尉は俺が変なことを言っても今のように笑わないということを思い出す。

俺が変なことを言ったとき少尉が取る行動はだいたい「残念なものを見る目で見てくる」だ。


そして少尉が吹き出すのはたいてい「俺が変な目に遭うとき」。


猛烈に嫌な予感がする。

脳が強めのエマージェンシーコールを発している。

これ以上進むな、今すぐ部屋に戻って引きこもれと言っている。


だが時既に遅し。

話しながら歩いていたせいで既に玄関まで到達していた俺は、それを目にしてしまう。


寮の門の外に止まる、一台の馬車。


それは二頭の白馬が輓く、かなり豪勢な装飾の施された真っ赤な馬車。

車体にはデカめに描かれた帝国の紋章が、かなり強く自己主張している。

「これは帝国の偉い人用だ」と、全力で周囲に訴えかけている。


「まさかと思うけどこれに乗るの?」


俺の問いに少尉は答えない。

顔を背けてうずくまってヒーヒー言ってる。

断言してもいい、この反応は肯定だ。

俺はこれからこれに乗る……否、乗せられるのだ。


「ウッソだろお前」


周囲には貴族の子弟たちが多数、一体あれは何だとザワつきながら馬車を見つめている。

こいつらがザワつくレベルって何だ。

俺は何故こんなものに乗せられることになったんだ。


「ホソダ様でございますね」


あまりのことに固まっていた俺、ものすごいペースで瞬きだけを繰り返すマシーンになっていた俺。

そんな俺の前に歩み出てきたのは、きれいなコートにハットという身なりで、どこぞの国民的配管工みたいな髭を生やしたおじさん。

直感的にきっとこの馬車の御者さんだろう、と思い至る。


「お待ちしておりました、どうぞ」


俺に向けて笑顔で告げられたその言葉に、周囲のざわつきは最高潮となる。

好奇の視線が遠慮なく注がれ、ヒソヒソと俺についての根拠のない噂が語られる。


とりあえず異国から来た王族とかではありません、異世界から来た平民です。

たいした者ではないんです。

本当なんです信じてください。


帰りたい、部屋に帰って布団に包まりたい。

誰だ俺をこんな扱いにした奴は、オレアンダーか。

オレアンダー以外にいねえよなこんちくしょう。


『貴様はこういう星の下に生まれたのだ、諦めよ』


そう言ったベルガーンの顔には珍しく、僅かながら俺に対する同情の色が浮かんでいた。


こういう星ってどういう星だ。

周囲に死ぬほど振り回される星か、ずいぶん迷惑な星だ。

果たして北斗七星の横に輝く星とどっちが迷惑なんだろうな。

連載再開です、またよろしくお願いします。

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