幕間:帝国の或る平穏な一日
三人称視点です。
私の名前はウィンストン・ローレル。
名門ローレル公爵家の当主であり、現在は帝国の宰相も務めているとても偉い男である。
この国の行政を取り仕切る者として、私が最重要視しているのはズバリ”情報”だ。
緻密な情報網とそれを処理する頭、私はそれらを駆使して実際にこれまで国や領地を栄えさせてきた。
帝国広しといえど、私より情報の取り扱いに長けた者など居るまいという自負もある。
そんな私が今最優先で追いかけているのは、一人の異世界から来た男。
もしかすると帝国の未来に大きな影響を与えるかも知れない男───そんな人物に関する情報の中に、無視できないものが存在した。
「というようにサウスゲイト公爵の息子と異世界人がトラブルになったという報告を受けています、何か手をお打ちになったほうが宜しいかと……」
私は急ぎ、それを君主である皇帝クローディア・アイアンハートに伝えた。
学生同士のトラブルなどよくあるだろうと言われればその通りだが、起こした人間が不味い。
公爵の息子は武力や魔力の面ではいずれも中の上、「これで公爵家も安泰ですね」とギリギリ言われる程度の資質の持ち主だ。
ただ彼は良くも悪くも極めて貴族的な思考と行動をする人物で、とても小賢しい。
本人が表立って何かをすることはないだろうが、人を使って何かをしでかす可能性が高いと私は見ている。
「よし、公爵家を潰せば解決するな」
「冗談で仰ってると思うことにします」
この皇帝はいつもこうだ、一匹の羽虫を処理するために家を焼こうとする。
いやまあ確かに目的は完遂出来ているが、被害が大きすぎるだろう。
「そもそも公爵家を潰すなどと、そう簡単には出来ません」
「この間妾を襲った連中、あれを公爵家が送り込んだ事にすればよかろう」
「そんな無茶な」
帝国ホテルにて皇帝を襲撃した謎の集団、彼らの出自は未だ明らかになっていない。
唯一判明したのは先日オーモンド公爵家の令嬢、メアリ・オーモンドを拉致した者たちと通じていた形跡があるということくらい。
これをサウスゲイト公爵に押し付けろ、と皇帝陛下はおっしゃっている。
正直なところ不可能ではないし本気で関与している可能性もゼロではないが、はっきり言ってやりたくない。
公爵家を一つ吹き飛ばした後の混乱を収拾させられるのも間違いなく私だからだ。
「……まあ、そこまでせずとも放置で問題ないでしょう」
「先程と言ってること変わっとらんかお主」
「そんなことはありません」
実際問題として異世界人が何かしらの事件に巻き込まれるかもしれないが、学生に出来ることなどたかが知れている。
その程度のことで私自身が苦労するくらいなら、異世界人に苦労させたほうがマシだ。
それに護衛につけたのはシオン・クロップとアンナ・グッドウッドという、それぞれ軍と王宮所属メイドの中でも屈指の実力者。
仮に何か起こっても対処できるだろうし、してもらわなくては困る。
「まあ彼奴とていい大人じゃ、いかに貴族といえど子供の悪戯程度軽くいなすじゃろう」
「そうですね、そのとおりだと思います」
「よくそこまで感情を込めずに言えたものじゃな、感心するわ」
「お褒めに預かり光栄でございます」
かくして、異世界人は放置との決定が下った。
許せよ異世界人、これも全て私の精神衛生のためなのだ。