第四章:その22
学生たちが次々とアンナさんに挑み、次々と倒されていく。
ここまでの流れで俺にわかったことがある。
それはアンナさんがめちゃくちゃ強いということだ。
戦い方の理論だの良し悪しだのが全く理解できない俺ですら感じるほどに圧倒的な強さを、これでもかというほどに見せつけている。
「お前から見てアンナさんって強いか?」
『肉体があれば余も手合わせを所望していたところだ』
ベルガーンが戦いたがるって余程……とまで考えて、こいつがどういう基準で戦いたがるのかが全然わからないことに気付く。
文脈的には強いから戦いたいとかのノリではあるんだが、戦えれば何でもいいとかそんな感じの戦闘狂のノリだったらどうしよう。
そういう設定の魔王なんて珍しくも何ともないし、もしかしたらこいつもそうなのかもしれない。
『一応言っておくが、余は戦えれば何でも良い訳ではない』
俺は何も言ってないはずなんだが、何故か明確に否定の言葉が返ってきた。
こいつ俺の心を読みやがったな。
『貴様の言いたいことは顔を見ればわかる』
ほらそんなこと言って、絶対俺の心を読んでるだろお前。
じゃなきゃこんな的確に問答が成り立つはずが……まさかとは思うが、俺とこいつが一心同体だからと言って常に念話的なものが繋がってる訳じゃあるまいな。
だとすれば最悪にも程があるんだが、なんか微妙に聞くのが怖くて確認できない。確定させたくない。
……忘れよう、話をアンナさんに戻そう。
学生どもは積極的だし貪欲だ、それは間違いない。
だからこそ圧倒的な強さを見せつけるアンナさんに対して次々と挑んでいっているのだろう。
とはいえ全員が全員そうというわけではない。
最初から消極的な奴はいるし、アンナさんの強さを見て怖気づく奴も出てくる。
ましてや既に倒された人数は二桁に乗っているが、アンナさんに一撃を入れるどころかワンパンを耐えた奴すらいない現状。
ビビって挑戦できなくなる奴は増えて当たり前だ。
そうしてついに、アンナさんに挑む者が途絶えた。
「あとはいらっしゃいませんか?」
確認するように周囲を見回すアンナさん。
恐ろしいことに彼女は汗もかいておらず、息も整ったまま。
この程度動いたうちに入らないとでも言うのだろうか、率直にすげえ。
「じゃあ自分、いいスか?」
もう終わりかと思った矢先、声が上がった。
空気的に彼が最後だろう。
そう思いながら、ガッツのある学生の顔を確認しようとそちらを向いた俺は少しビビった。
短く刈り込んだ金髪、耳に付けられた大量のピアス、そしてやたらと鋭い目つきに眉間に寄った深い皺。
それらの印象を一言にまとめるとしたら”ヤンキー”になる。
顔立ちはイケメンに分類される整い方だとは思うが、怖い。
もし彼が正面から歩いてきたら、俺はきっと道を譲りたくなることだろう。
「構いません、よろしくお願いします」
「あざっス」
彼が木剣を携えてゆっくりと中央に歩み出た時、何故だかギャラリーの一部から「おお」という声が聞こえた。
もしかして彼、有名人なんだろうか。
ヤンキーは深々と頭を下げる。
申し訳ないが「見た目の割に礼儀正しいな」と思ってしまった。
アンナさんも同様に頭を下げ、そのままファイティングポーズを取る。
そしてそれに応じて彼も剣を構えたのだが……彼の構えは独特だった。
これまでアンナさんに挑んだ中で剣を使っていた学生たちの構えは両手で剣を持ち、剣道みたいに体の前で構えるスタイル。確か正眼って言うんだったかな。
そんな中で彼は半身に剣を構え、両手に持った剣を顔の高さで地面と水平に、切っ先を相手に向けている。
俺としてはゲーム等で見覚えのある構えだったが、他にこの構えを取る者がいないということは珍しいか難しいかのどちらかなのだろう。
というか実際に見ると凄い絵になるなこの構え。
「では」
そんな短い言葉とともに、先に攻撃を仕掛けたのはヤンキー。
地を強く踏み込み前へと跳ぶ。
『ほう』
再び、ベルガーンの感心したような声。
これまでの挑戦者の中にも、アンナさんに対して先手を打った者はいた。
だがその誰よりも、素人目にもわかるほどに彼の踏み込みは鋭い。
一瞬で二人の間合いが詰まる。
そして繰り出された剣による一閃もまた、とんでもなく速い。
「ッ!」
アンナさんは後ろに跳び、それを躱す。
これまでの彼女は躱すにしても受け流すにしても、攻撃への対処はひたすら前に進みながらだった。
そして次の瞬間には彼女の攻撃の方が相手に当たっている、という具合。
格ゲーでいう「攻撃モーション中の無敵時間」みたいな感じではなかろうか。
そんなアンナさんが今回は、後ろへ跳んで攻撃を回避した。
その後続いた二撃目、三撃目に関しても同様。彼女は後ろに跳び、距離を取りつつ攻撃を躱す。
一連の手合わせで初めて見せる、明確な回避行動。
理由はたぶん、ヤンキーの剣の振りがとんでもなく速いせいだろう。
魔法で強化された俺の動体視力をもってしても辛うじて目で追える程度、ほとんど見えないと言っていい。
ベルガーンならば見えていると思うので解説してもらいたいところだが、攻撃が矢継ぎ早すぎてそんな暇が全くない。
そして六度目の回避の際、アンナさんはこれまでより大きく跳んだ。
今度はヤンキーもそれを追わなかったため、二人の距離が開く。
静寂の中での対峙。
心なしか、先ほどまでと比べてはるかに強い強い緊張感が場を支配している気がする。
戦っている二人も、俺たちギャラリーもだ。
「あのヤンキー、強くね?」
『ヤンキーというのがあの男を指すのならば、中々の使い手なのは間違いない』
ヤンキーって単語が微妙に通じてないが、今はそんなことはどうでもいい。
───もしかしたら、もしかするかもしれない。
他の学生たちでは一撃を入れることすらできなかったアンナさんに対して、ヤンキーならばあるいは。
場に満ちるのはそんな期待。
そしてそれを背に受け、ヤンキーがもう一度剣を構え地を蹴った。