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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第四章:一般人男性、入学する。
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第四章:その20

セレーネ・クロス。


どれほど困難な任務であっても達成し生還する、不死身の傭兵として名を馳せた女傑。

十数年前、経験豊富な戦闘教官を求めていたアーカニア魔導学園にかなりの高待遇で雇い入れられ、その後ずっと同職を続けている───俺たちの前に現れた女性は、そんな凄まじい人物であるらしい。


「在校生からも卒業生からも恐れられている方です」

「何と言うかイメージ通りですね」


何故か睨み合いが始まった少尉とセレーネさんを尻目に、アンナさんが彼女の人となりを説明してくれた。

第一印象が強そうとか威圧感があるとかだったのだが、どうやら概ねその通りの人物らしい。

鬼教官……この世界だとオーガ教官か?そんなふうに呼ばれてそうな人だな。


「それで、なんで少尉とはあんなに仲が……?」

「それは私にもわかりかねますが、ずっとあんな調子でしたね」


突然始まった鬼教官と美女エルフ軍人の睨み合い。

これが漫画なら、背景に龍と虎が描かれていることだろう。

どちらも美形なので絵にはなるが、怖いもんは怖い。

割って入りたいとか間に挟まりたいとか思える奴がいたら、そいつは間違いなく恐怖の感情が麻痺している。


「アンタ、いつまで私をキミって呼ぶんだい。教官って呼びな」

「私卒業生なんで」


いやどんな会話だ。


二人の話題は礼儀や呼び方だけに留まらず、言葉遣いや態度にも及んだ。

セレーネさんが指摘し、少尉が反論するという流れだが……ほとんどのケースでセレーネさんの物言いに圧倒的な理がある謎の口論。

この会話だけ聞いているとまるで少尉が礼儀になっていない、ガラの悪い人物であるように感じられる。

ただ少尉は、ちゃんと礼儀正しく会話できるはずなのだ。

サンプルはロンズデイルとメアリとストーンハマーのおっさんとの会話の三つのみで多いとは言い難いが、上官と偉い教授と貴族の令嬢といった”そうすべき相手”にはちゃんとした礼儀を持って会話できていたのは確か。

「それなのになぜ今回は……?」という疑問の方が先に来る。

実際アンナさんに聞いてみたところ、他の教官や教授に対してはこうではなかったらしい。

果たして二人はどんな関係性なのかと興味が湧いてくる。


気付けば体育館にいる者が一人残らずギャラリーとなり、興味津々といった様子でその光景を見つめている。

もはや立ち合いどころではないといった様子で、何なら立ち合ってた青年二人も手を止めている有様だ。


「はい皆注目しな!」


それに気付いたセレーネさんが「気を取り直して」といった感じで一度手を叩く。

空気が破裂するようなすごい良い音だった。

否が応でも注目が集まるだろうし、喋っている者がいれば黙るだろう。


「彼女らの噂は一度くらい聞いたことがあるだろう!”双竜”と呼ばれた二人!シオン・クロップとアンナ・グッドウッドだ!」


聴衆から「おお」という声。

どうやら少尉とアンナさん、二人は相当に有名らしい。

二人が在学していたのがどれくらい前かは知らないが、今の在校生にまで知られている知名度があるとなると相当だ。


というか二つ名が大仰すぎる。

おそらく二人が飛び抜けて優秀だったとかそんな由来でつけられた二つ名なんだろうが、どんだけ圧倒的だったらそんな名前で呼ばれるんだ。


「アンタたち、暇かい?」

「少しも暇じゃない」

「そうかい、暇なんだね」

「キミ、相変わらず人の話聞かないね」


本当に、何でこの二人はこんな険悪なんだ。

俺に対してもここまでじゃない……いやむしろ俺と話してる時に近いのか?

二人の関係性に対する興味と「俺が一体何をしたってんだ」っていう疑問が同時に湧く。

いや本当に俺が何したって言うんだよ。


「良ければコイツらと少し手合わせしていってくれないかい?シオンはやってくれないだろうから、アンナ」


まさかの提案だった。

反射的にアンナさんの方を見ると、彼女は俺の方を見ていた。

ああこれは俺が決める流れだな。

一応でも主人は俺ってことになってるんだからそりゃそうか。


『余は見たい、とだけ言っておこう』


そして意外な方向からも提案が飛んできた、ベルガーンだ。


「アンナさんの戦いをか?」

『そうだ』


それは確かに俺も見たい。

だが他ならぬアンナさんが迷惑ではなかろうかという懸念はある。


「俺も、アンナさんさえ良ければ」


それでも興味の方が勝り、こういうはっきりしない言い方になってしまった。

「お願いします」とハッキリ言えないのは俺の悪い癖なんだろうな。

だがこればっかりは性分だ、直すにしても時間はかかる。

少しずつ直していこうと心に誓う。


「では、着替えて参りますね」


そう言ってお辞儀をし、扉の向こうに消えたアンナさんは果たしてどう思っているのか。

仕方なくなのか、元から乗り気だったのか。

それは彼女の表情が相変わらず全く変わらないのでわからない。

感情を表に出さないのはメイドという職業柄いいことなのかもしれないが、生憎と俺はそういうのが気になって仕方ない小心者。

後で一応お礼と謝罪をしておこうと心に決めた。

十中八九「気にしないでください」という返事が返ってくるとしてもだ。


「あのおっさん、何と話してんだ……?」

「怖、近寄らないでおこう」


ふと耳に届いた言葉に振り向けば、青年たちが奇異なものを見る目を俺に向けながら、小声で何事か話している。

慣れというものは恐ろしい、どうやら俺は周囲にベルガーンが見えていないということを失念するようになってしまったようだ。

涙が出そうだが、今回に関してはもう遅い。

今後は気をつけようと、俺は強く心に誓った。


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