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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第四章:一般人男性、入学する。
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第四章:その17

その後は教授たちがひとりひとり自己紹介しながら俺に握手を求めてきたくらいで、特に大したことは起こらなかった。


いやまあ正直その現象が大したことだというのは薄々わかってはいるんだけども。

笑顔で握手し、何か一言述べて去っていく……それが何人も続くという光景は、まるでアイドルの握手会。

恐らくは皆高名であろう学園の教授陣が群がる相手は、果たして本当に俺でいいのだろうか。


あとは握手に忙殺される俺の横でこれまた盛り上がっていたのが、メアリの自己紹介。

俺は聖徳太子のような特殊技能は持っていないので挨拶やら自己紹介の合間合間にしか会話を聞き取ることができなかったが、どうやらメアリもメアリでかなりの才能の持ち主として期待されているらしい。

「何を専攻なさる予定で?」とか色々聞かれていたし、何なら「是非私の講義を」みたいな勧誘まで受けていた。

まあ才能に関してはベルガーン公認だしな。

それがどれほどすごいのかは知識のない俺にはわからないし、説明されても恐らく理解できないだろうとも思う。

それでも才能を評価してもらえて、また期待してもらえるというのは良いことだ。そこは間違いない。

メアリもメアリでこれから大変だろうが、頑張ってほしい。


……いかん、完全に目の前の行列を思考の外に追い出して隣の和やかな歓談に思いを馳せてしまっていた。

かなりの人数の自己紹介とコメントを聞き逃してしまった気がする。

反応の方はちゃんとできていただろうか。

現実逃避しといて何だが、曲がりなりにもこれからお世話になる人々なので失礼なことはあまりしたくない。


そんなわけで気合を入れ直し、何とか残りの人たちは……と集中して握手会をこなしたが、辛かった。

アイドルってこんなに、いやこれ以上に大変なんだろうな。

俺が握手する羽目になったのはせいぜい二桁の中頃程度の人数で、俺からすると超多いがアイドルからすると”軽い”人数なのではなかろうか。

マジ尊敬するわ。


「疲れた……」


そうして諸々が終わり、ようやく戻った部屋でベッドに身体を投げ出したところでそんな感想が漏れた。


握手会の後教授陣は「これから懇親会をするがホソダくんもどうか」と誘ってきた。

懇親会、響き的に間違いなく酒が入る場になるだろう。


───シラフでこの有り様なのに、この上酒がはいったらこの連中は一体どうなってしまうのだろうか。


興味はあるが目にしたくはない、そう思った俺は即座に拒否した。

間違いなく俺は何らかの被害者になるだろうという確信があったし。


メアリからも食事に誘われたが、それもお流れになった。

こちらに関しては付き合っても良かったんだが「疲れ果てていたので帰って寝たい」というのがどうやら思いっきり顔に出ていたらしい。

事情を説明するより先にメアリが「ゆっくり休んでね」と優しい言葉をかけてきたため、俺はちょっと泣きそうになった。

今度は人の優しさに触れたが故の涙だ。

人間は極限状態で優しさに触れると、かくも脆くなるらしい。


そんな流れで今、俺は自室のベッドにうつ伏せで転がっている。

どうやって帰ってきたかは正直あまり覚えていない。


「疲れた……」


もう一度同じ言葉が漏れ出る。

元々人混みが苦手なところに今回の握手会。

とんでもなく疲れた、としか言いようがない。

もはや疲れているのは身体なのか心なのかすらわからないが、とりあえず動けない。


もうあんなのは金輪際御免だ。


……まあ俺が拒否したところで、きっとこれから先もたびたびああいった事が起こるんだろうな。

「機会はこれからいくらでもある」とか言ってたし。


「お疲れ様でした、お茶でもお淹れしましょうか?」

「あー、お願いしてもいいですか?」

「かしこまりました」


そんな俺に優しい言葉をかけてくれたのはアンナさん。

相変わらず表情には全く変化がないのですげえ事務的に見えるが、日々の言動や仕事ぶりを見る限りたぶんこの人は普通に優しいんだろうなと思う。

この辺の優しさを、俺のことなんて気にも留めず本を読んでいる少尉にも見習ってほしい。

というか最近この雑な扱いが当たり前になりつつあるのはどうなんだ。

護衛として配属されたのに、護衛の仕事をする気があるのかもだいぶ怪しいし。


「それにしても入学式のあとの寮内の雰囲気、昔を思い出します」

「え、アンナさんここの卒業生とか?」

「ええ」


お茶とクッキーをテーブルに並べながらアンナさんが懐かしげに呟く。

そうして彼女はチラリと少尉の方を見、少尉も少尉で一瞬ページをめくる手が止まったような気がする。

これたぶん少尉も卒業生、しかもアンナさんと同期とかそんな流れだな?

よし、興味が湧いてきた。

根掘り葉掘り聞くとしよう。


「もしかして少尉も───」

「今忙しい」

「アッハイ」


ベッドから身を起こして問いかけようとしたら斬って捨てられた。

いやどう見ても暇だろう、何読んでるのか知らんけど。


「その……良ければ明日でも、学園をご案内しましょうか?私も挨拶したい方々がいますので」

「よろしくお願いします……」


そしてやはりアンナさんは優しい。

相変わらずの無表情だけど。

ここまで来るとなんでこんなに表情が変わらないのか、不思議で仕方ない。

もしかして仮面でも被ってるんだろうか。


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