第四章:その16
結論から言えば、その後は地獄だった。
ストーンハマーのおっさんに連れられ向かったのは、教授たちの控室だと説明された部屋。
正直なところ「学園長に紹介してほしいとねだられた」などという説明を受けた時点で、とんでもなく嫌な予感がしていた。
反応が遅いことに定評のある俺のシックスセンスも「引き返せ」と、珍しく事前にアラートを鳴らしてくれていた程だ。
それでも行かざるを得なかったのだから、空気というのは恐ろしい。
まあおっさんにずっと腕掴まれてたから、物理的にも逃げようがなかったんだけど。
そして案内された部屋の扉を開けた瞬間の光景……アレはしばらく夢に出るだろうと思う。
一斉にこちらを向いた連中のギラついた目。
もはや殺気と呼べるほどの強い念のこもった視線。
「来たぞ……」
「あれが例の……」
「見た目は存外普通だな……」
途切れ途切れに小声での会話が聞こえる。
それも、なんか聞き覚えがある奴が。
俺の脳裏にこびりついていたトラウマ。
”死の砂漠”で味わった最大級の恐怖。
部屋にいた人々の目は、あの時の考古学者たちによく似ていた。
当時と同様に猛スピードでまばたきを繰り返す俺。
当時と同様に吹き出す少尉。
あの時と大きく違うことがあるとすれば、ここには”出来る男”ロンズデイルがいないこと。
逆にメアリは当時いなかったが、こちらは誤差だろう。
少尉同様に後ろを向いてプルプル震えてるし、間違いなく助けにはならない。
「君が噂の異世界人か!」
「聞きたいことがある!」
「髪の毛を!髪の毛を一本!あるいは血を一滴!!」
「わァ……あ……」
つまりこの怪物たちを止めてくれる奴なんて、この場所には存在しないということだ。
俺は怖くて泣いた。
しかもこいつらの要求、考古学者連中よりヤバい。
特に最後の奴は俺の髪の毛とか血で何する気だ。
「まあまあ諸君、落ち着きたまえ」
檻に放り込まれた哀れな餌である俺に、今にも飛びかからんとしていた肉食獣の如き連中。
それを諌めたのは、意外にもストーンハマーのおっさんだった。
「そのように一気にまくし立てては、ホソダくんが驚いてしまうぞ」
「驚くどころか死を覚悟したわ」
俺は小さくて可愛い連中じゃないんだぞ。
気軽に命の危険を感じさせるな。
それはさておき、どうしたんだおっさん。
お前死の砂漠だとまくし立てる側だったじゃねえか。
何があった、賢者タイムにでもなってるのか。
「確かにその通りだ……」
「申し訳ないことをした……」
そしてこれまた意外なことに、教授たちは随分と物分りが良かった。
口々に謝罪や反省の弁を述べる彼らを見て、俺はほっと一息───
「機会など、これからいくらでもあるではないか」
「髪の毛や血などこれからいくらでも手に入る」
「ゆっくりと、隅々まで調べ尽くせば良い」
「俺、帰っていいかな」
俺は過去最高に帰りたくなった。
寮にではなく、元の世界にだ。
和やかな表情で「これから」について語り合う教授たち。
それを見てうんうんと満足気に頷くストーンハマーのおっさん。
そう、俺はこれから数年間こいつらのテリトリーで生活しなければならないのだ。
そんな状況で、学生生活に明るい未来を想像することなどできようか。
少尉とメアリは笑いをこらえすぎて、ついにむせ始めた。
ベルガーンはいつも通り、我関せずといった態度で部屋の中を歩き回っている。
一人でいいから味方がほしい。
ロンズデイル、今だけでも助けに来てくれないかな。
「すまんのうホソダくん。少々興奮しておるが見ての通り気のいい連中じゃ、許してやってほしい」
「これ少々か?」
正直熱病に侵されてるレベルじゃないかと思うんだが。
あと見ても気の良い連中に見えないですすんません。
もう俺に向ける笑顔からして怖いんだよ。
「まあ、気にしなくて───」
「そうかそうか!ホソダくんは心が広いのう!」
「最後まで聞いて?」
せめて「大丈夫」くらいまでは言わせてくれよ。
もうやだこの学園。