第四章:その14
その後は学園長を名乗る髭の爺さんが登壇し、軽い挨拶とともに今後の予定が説明された。
それによれば授業は明後日から、クラス分け等は当日各校舎の入口に貼り出されるとのことである。
盛り上がる奴だなこれ。
そして、入学式はこれにて終了。
びっくりするくらいのスピード感である。
どう考えてもオレアンダーによる演説がメインイベントで、それをやるために開催されている式典だよな、これ。
あると思っていた新入生代表による挨拶とかもなかったし。
変な裏話を聞いたせいで式典のイメージが大きく変わってしまった感があるが、切り替えて行こう。
「これはこれはメアリ嬢、ごきげんよう」
……切り替えてホールを出た俺たちを待っていたのは、ロン毛だった。
「ごきげんよう、サウスゲイト卿」
笑顔とともに優雅な動作で挨拶するメアリ、公爵令嬢モード。
こいつの切り替えの速さはすごいな、ついさっきまで自由が服着て歩いてるモードだったのに。
「今この場でお会いしたこと、運命を感じずにはいられません」
───いや入学式なんだから会うだろそりゃ。
そうツッコミを入れたいところだったが、ロン毛は俺のことを露骨に存在しない人間として扱っているので言っても届くまい。
一応さっきチラッと俺の方見たときにめっちゃ目合ったんだけどな。
俺としてもロン毛と話したいわけではないので別にいいんだが、なんでこいつは小者のテンプレみたいな行動をするんだろうとは思う。
あ、台詞もだな。めっちゃ歯が浮く。
さて、そんなロン毛の背後にはこの間より多くの取り巻きたちがいる。
男女混合で皆制服を着たグループ、仲の良い友人の集まりだろうか。
それとも親の付き合いとか、あとは積極的に媚を売りに行ったとかもあり得るか。
正直ただの友達よりそっちの可能性の方が高い気がするんだよな、ロン毛公爵の息子だし。
まあいいや。
そいつらはメアリに笑顔を向ける者と、俺に敵意だとか値踏みするような視線だとかを向けてくる者に分かれている。
ちなみにメガネは当然と言わんばかりに後者。
何だこの野郎。
「この後我々は交友を深めるために食事会を開こうと思っているのですが、メアリ嬢もいかがですか?」
さてロン毛の用件はというと……ナンパである。
まさかのリベンジマッチだ。
ロン毛からはメアリとお近づきになりたいという強い意志を感じる。
もしかしなくてもこれ、メアリのことを待ち構えてたんじゃなかろうか。
もしそうならよくそれで運命とか言えたなと思う。
「申し訳ありません、この後予定が入っておりまして……」
「ほほう、それはどのような」
ロン毛、グイグイ来るな。
ここまで突っ込んで誘うのって貴族のマナー的に大丈夫なんだろうか。
俺の世界だとだいぶウザい行動に分類されるんだけど。
そんなことを考えながらやり取りを見ていた俺とロン毛の目が合う。
「まさかこいつとの予定じゃないですよね?たかが平民風情と」と言ってるような気がした。被害妄想かも知れんが。
メアリとも目が合う。
こっちは間違いなく「何とかして」と言いたいんだろう。
ロン毛と、ついでにずっとガン飛ばして来てるメガネはすごい腹が立つので俺としても何とかしてやりたいところだが、俺は平民で特に何かバックボーンがあるわけでもない。
よってうまくこの場を収める方法が、正直まったく浮かばない。
少尉は俺がトラブらない限り仲裁には入ってくれなさそうだし、ベルガーンは全く興味がないようでこっちを見てすらいない。
地味に俺は今、孤立無援だ。
気付けば周囲にいる無関係な連中も、何事かと興味深げにこちらを見ている。
まあ公爵令嬢に、同じく公爵家の長男とその取り巻き、あとは平民のおっさんが何か話してるなんてのはそりゃ興味を引くだろう。
そんな光景、俺だって野次馬化する。
こりゃ早々に退散した方が良さそうだな。
しゃーない、適当に何かでっち上げて……などと考えた瞬間だった。
「おお!ホソダくん!こんなところにおったのか!!」
廊下に響き渡ったのはとても聞き覚えのある、よく通る野太い声。
俺たちもロン毛たちも、皆が一様に声のした方向に視線を向ける。
「探したぞ探したぞ!いやいや久しぶりじゃのう!!」
そうしてその方向から人垣を縫って現れた声の主。
彼の名はグレタ・ストーンハマー。
なんであんたがここにいるんだ。