第四章:その12
大ホールの広い廊下を歩く俺たちに向けて、周囲から視線が注がれる。
だが今回俺たちに向けられる視線に込められた感情は貴族寮でのものとは違い、明らかな困惑の色が含まれている。
だがまあ、それもやむなしだろうとは思う。
何しろ俺たちの組み合わせは、正直俺から見てもおかしいのだから。
まずは少尉。
オフ時だったり人の目がない時の少尉は服装もラフだし挙動も凄まじくだらけているのだが、今現在の彼女は軍服をビシッと着て背筋をピンと伸ばして歩いている。
こうなるともう美しい以外にコメントのしようがない。
超美しい。もはや歩く芸術作品と言っても過言ではない程。
注目を集めて当たり前だ。
次にメアリ。
こいつはそもそも公爵令嬢なので間違いなく入学前から有名人だったろうし、「どうやってお近付きになろう」と考えていた奴もかなりの数いたことだろう。
それでいて顔立ちがとても可愛らしく、所作も貴族の令嬢だけあって美しい。
こちらも注目を集めて当たり前だ。
最後に俺。
服装に関しては一応、この日のために仕立ててもらったスーツを着ている。
これはオレアンダーが手配してくれたものなのだが、値段に関しては怖くて聞けていない。
これまで触れたことがないような、どう考えてもいい生地を使ったスーツ。
着心地もやたらといいし、軽い。
こんなものお高いに決まっている。
というかオレアンダー、渡す時めっちゃニヤニヤしてたしな。
アレは「値段は気にならんのか?ん?」って顔だった。
とは言えいいスーツを着たところで俺という人間の格が上がるわけではないし、この場に溶け込めるわけでもない。
むしろスーツに着られている、馬子にも衣装という言葉がふさわしい状態になっているのではなかろうかと自分でも思う。
何しろ歩き方なんて習ったこともないので不格好だし、顔や髪の手入れも最低限だ。
どう考えても少尉やメアリと一緒にいるのが間違いと見られていることだろう。
悲しいが、注目を集めて当たり前だ。
あとはもし万が一ベルガーンが見える奴がいたら、そいつの目にはさらなるカオスが映ることになるんだが……今のところいなさそうだな。
さて、そんなわけで不本意ながら注目の的になった俺たちは少尉による先導のもと廊下を進み、階段を登り、ガチャの当たり演出みたいな扉を開けてその部屋にたどり着いた。
「広」
その空間に足を踏み入れた際の第一声である。
ステージに向かって低くなっていくすり鉢状、半円型の巨大空間。
天井がとても高いのが、なおのことこの空間の広さを印象付けてくる。
その空間にズラリと並ぶ座席の一つに、少尉がどかりと腰を下ろす。
どうやら指定席ではないらしい。
「いや何でお前俺の隣に座るんだよ!」
「え別に良くない?」
それに続いて着席した俺と、当然のようにその隣に着席するメアリ。
お前は貴族エリアに行くべきではないかと思うんだが、貴族の代表格なんだし。
周囲を見る限り制服、軍服、スーツの三種類が並んでいる場所はここだけ。
やはりというかなんというか貴族は貴族、平民は平民で固まって座っているのが見て取れる。
こういうときこの学園に存在する”制服”というシステムは便利で残酷だ。ひと目で自分が座るべきエリアがわかるのだから。
あとは少尉のように軍服を着た者たちの集団もいるが、あれはどういう面子なのだろう。
そんなわけで俺たちは目立つ。
周囲の連中は、平民貴族を問わず俺たちの方を見てなんかヒソヒソ話している。
だいぶ嫌な状況だ。
「お前知り合いとか友達とかいないのか」
「タカオ!」
「違う、そうじゃない」
思わずポーズをとってしまった。
誰かサングラス持ってませんか。
さておき、貴族同士の付き合いとかそういうのはこいつにはないんだろうか。
まあなくはないだろうがメアリのことだ、優先順位が低いのかもしれない。
なんで俺に構うことの優先順位がこんなに高いんだろうというのは永遠の謎だ。
そしてメアリとそんなくだらないやりとりをしているうちに席はどんどん埋まっていく。
右半分に制服組、左半分に私服組という具合に、やはり明確に分かれながら。
さも座る場所が指定されているかのような状況だがそうではない。
何しろ席を立って反対側に移動する者が制服組にも私服組にもかなりの数確認される。
よってこれは今自然発生した席割りなのである。
「てか多くね?」
既に席の三分の二ほどが埋まっているが、まだまだ人はやってくる。
正直いってこの超広い空間がここまで埋まるほどの人数が集まるとは思ってもみなかった。
もしかしたら中には俺にとっての少尉のように護衛や保護者がいるのかもしれないが、それにしたってめちゃくちゃ多い。
これから人気ロックバンドやアイドルグループのライブでも始まりそうな勢いだ。
こうなるとこのホールの収容人数が気になってくる。
何千人とかそういうレベルなんだろうか。
何かと比較しようにも、生まれてこの方そんなデカいライブやコンサートに行ったことないのが悔やまれる。
完全に田舎者の悲哀だ。
「てかマジでいろんな種族がいるんだなこの国」
制服を着た貴族たちはほぼ人間だが、平民たちの中には異種族がかなりの数混じっている。
もしかすると三分の一くらいは異種族なのではなかろうか。
それも平民の三分の一ではなく、全体の三分の一だ。
人間とそう変わらない見た目のエルフやドワーフらしき者。
リザードマンやオーガのように特徴的な見た目の者。
多種多様な種族の者たちがこの空間に集まっている。
鳥頭の連中のように名前が全く思い浮かばない種族もいるので、今度どんなのがあるか聞いてみよう。
特にあのシャチやサメみたいな頭をした奴らが気になって仕方ない。
陸に上がって大丈夫なのか。
「帝国中から集まってるからね、数も種類も多い」
そう説明してくれた少尉がそもそもエルフである。
数に関してはそれにしたって多い気がするし、種族に関しても驚きだ。
帝国には様々な種族がいると聞いていたしここに来るまでに様々な連中を見る機会もあったが、こうやって一同に介すると圧巻としか言いようがない。
そうして入場者も落ち着いた頃、ゆっくりとホールの照明が暗くなり始めた。
映画館とかでもよくあるやつだ、どうやら時間になったらしい。
どんな式典なんだろう。
今のところ俺の知ってる入学式やら成人式みたいに偉い人の話が始まりそうな雰囲気だが。
やっぱり学園長とかだろうか。
「これより”帝国の美しき星”クローディア・アイアンハート陛下がご登壇なされます。皆様静粛に願います」
なんか想定より偉いやつが来たぞ。