第四章:その11
その日から入学式までの間は忙しなく過ぎていった。
忙しなかった理由はオレアンダーが昼間酒飲みに来たり夜メアリが部屋にやって来たりしたせいであり、特段とんでもない出来事が起こったわけではない。
ただとんでもない連中に入り浸られただけである。
というかメアリは出会った翌日の夜にはもう窓から入ってくるようになったんだが、寮の攻略が早すぎないかと思う。
衛兵やら夜の見回りやら、貴族寮の夜間の防犯というか行動制限はやたらと厳しいはずなんだが……その辺りをどうクリアしてるのかすげえ気になる。
なお翌日その話を聞いたアンナさんが「貴族の令嬢がそれはちょっと……」と難色を示していたが、門限で閉め出される彼女には門限後にやってくるメアリを止める術はない。
世の中は無情だ。
寮を昼間から酒臭くする、どうしようもない皇帝陛下に対してのコメントはもう特にない。
せいぜい毎日酷使されている肝臓に対して同情するくらいのものだ。
ちなみに二人は来るたび俺に制服の着用を勧めてくる。
オレアンダーに至っては一度実物を……既に俺用に仕立て終わったものを持ってきやがった。
いくら何でも無駄遣いが過ぎる。
どうしてそんなに俺のコスプレが見たいのか。
まあ面白いからだよな、わかってるよ。
実際そう言ってたし。
というか目まぐるしく日々が過ぎていった原因が女子二名に集約されるというのは恐ろしい話だと思う。
幸い同一タイミングに二人が現れた事例はないので、今後もないことを祈りたい。
話を入学式に戻そう。
入学式が行われるのは学園の大ホール。
校舎や寮とは別口に建てられたデカい建物のひとつである。
現在俺とベルガーンはそれを入口から見上げているわけだが……わかりきっていたことではあるが、デカいし荘厳だ。
高さはそれほどなく、せいぜい二階建てか三階建て程度。
だが横幅はかなりのものがあり、建物の形状が円形なことも相まってスタジアムを彷彿とさせる造りとなっている。
貴族寮も大概荘厳な建物だったが、大ホールはそれを上回る。
純白の外壁に様々な彫刻が施されていることもあり、その様はまるで一つの巨大な芸術作品。
しかもこちらは建物の周囲も美しい。
綺麗に整理された広い庭園が大ホールを取り囲んでいるのだ。
球形に整えられた木とか初めて実物見たわ。
「ヤバい建物多すぎだろこの学校」
『強さや豊かさを誇示する意味合いもあるのだろうな』
この学園の恐ろしいところはこの手の建物が敷地内に複数あることだ。
「学園」という空間を作り上げるために、もしかすると国家予算のような金額が投じられたのかも知れない。
というか帝国ホテルからこの方、明らかに俺の身の丈に合ってない空間にばかり行かされてるような気がする。
もう少し安上がりな空間の方が気楽に生きられるんだが。
そんなことを考えながら周囲を見回せば、俺同様に建物を見上げて呆けたり怯えたりしている人々の姿。
性別も年齢も様々な彼ら彼女らは、服装から言って平民だろう。
制服を着た連中……貴族の子弟どもは緊張した面持ちではあるものの普通に建物の中に入っていっている。
さすがにここまでの建物を見慣れているわけではないだろうが、この手の物事に対して免疫を持つか、あるいは”ない”ことを隠せないと貴族としてやっていけないといったところか。
やっぱりあいつらはあいつらで大変な世界を生きているんだな。
「先に行って座ってていい?」
「護衛の意味」
さすがに場が場なせいか少尉もビシっと軍服を着ている。
ただしやる気に関してははいつも通りで、全く感じられない。
俺の護衛兼家庭教師になってからはいつもこうだ。
強いし美しいし教え方も上手いしで俺としては言うことがない人選なのだが、少尉的にはやはり現場に帰りたいらしい。
少し前に「キミと一緒にいるのが嫌なのは事実だけど、それ以上に暇が苦手」とストレートに傷つくことを言われた。
泣きたくなった。
「あれタカオじゃん」
背後から聞こえた聞き覚えのある声。
振り返るとそこには予想通り以外の何者でもない人物、メアリの姿があった。
「なんで制服着てないの?おかしくない?」
「着ないって言ってんだろ、少しもおかしくねえわ」
ブレザーとスカートという元の世界、俺の国でもよく見る組み合わせの制服を身に纏った姿はわかりやすく美少女である。
制服のデザインも可愛らしい、さすが平民には手が出せないほど高いらしいだけのことはある。
これはさぞや人気が出ることだろう、おモテになることだろう。
というか既に悪い虫が複数寄ってきた実績があるわけだが、それはおそらくこれからも増え続けることだろう。
本人も周囲も大変だろうな。
「てか何してんの?まさか迷った?」
「何に迷うんだ、人生にか」
入口が目の前にあるような場所で迷いはしない。
たまに創作物でいる特殊技能レベルの方向音痴じゃないんだから。
「すげえ建物だと思ってな」
「あーね、確かに」
言いながら俺たちは再度大ホールを見上げた。
この凄まじい建物は今後学生生活を送る中で見慣れていくかもしれないし、いつまでも見慣れないかもしれない。
いずれにしても俺の人生で二度目、かつ異世界に来てまで送る羽目になった学校生活は今日から始まる。
期待と不安で胸いっぱいだよちくしょう。
「ところでさ」
「何だ」
「少尉さんめっちゃ先行ってるけど大丈夫?」
「護衛の意味!!」
恐らく、というか間違いなく俺とメアリの話が長くなりそうだから先に行ったのだろう。
「ごゆっくり」とでも言いたげにずんずん先に進む少尉の背中を、俺は必死に追いかける。
本当に、この人の中で護衛という概念はどうなっているのだろう。