第四章:その10
「そいやもうすぐ入学式あんじゃん?」
「そうなのか?」
「えその返事予想してなかった」
そう言ってメアリは楽しそうに笑う。
仕方ないだろ知らないんだから。
俺はこの学園に関することを何一つ事前に聞いていない。
突然連れてこられてそれっきりなのである。
まず「この国入学式って式典あんのか」ってところからなんだよなあ。
というか少尉がマジかこいつみたいな顔で俺を見てくるけど「貴女も教えてくれなかったですよね?」と言いたい。
俺の周囲は俺に対してやたらと不親切だ。
「……来週、入学式があってね」
仕方なく、みたいな雰囲気を醸し出しながら少尉が説明してくれる。
だいぶ釈然としないものがあるが気にしないでおこう。
少尉のことだから「説明を忘れていた」「面倒くさかった」「誰かが説明していると思っていた」のどれかだろうし。
うんどれも酷いな。
さておき、入学式は来週か。
こうしてみると俺の入学が決まったの、かなりギリギリだったっぽいな。
もう少し遅かったら来年まで待って入学だったのだろうか、それとも転入だったのだろうか。
……転入は今以上に目立ったろうから勘弁して欲しい。
話を戻そう、入学式の話だ。
少尉による心底ダルそうな説明によると、その式典は平民と貴族が顔を合わせる数少ない機会であるらしい。
まず基本的な教育を必要とする者が多い平民と、それらをだいたい学び終えてから入学する貴族。
この学園に求めているものが違いすぎるので当然といえば当然なのだが、両者は寮も校舎も分けられているため行事以外で顔を合わせる機会はほとんどないそうだ。
平民の中でも特に優秀な者が貴族に混じって学ぶことはあるらしいが……よくこれ同じ学園としてまとめる気になったな。
「……念のため聞くが、俺はどっちで?」
「キミが通うのは平民校舎」
まあ当然そうだろう。
俺に必要なのは読み書きとか魔法の基礎とかの基本的な学問であって、貴族連中が学ぶような高等教育ではない。
話を聞いていてもしかしたら、という不安が湧いてきたがそこは杞憂に終わった。
良かった良かった。
「貴族寮から平民校舎に通う学生なんて史上初だと思うよ」
まあ、このようにオチは存在したんだが。
感謝と感激で泣きそうだ。
ファッキューオレアンダー。
「ウケる」
そう言ってメアリは笑う、心の底から楽しそうに笑う。
そうだよな、ウケるよな。
正直他人事だったら俺も笑うと思う。
でも今回は自分のことなんだ。
「え待って、そしたらタカオ制服着ないの?」
「着るわけねえだろ」
この学園は基本的に登校時の服装は自由なのだが、制服が存在する。
何でかと言うと、貴族向けだ。
どの程度かはよくわからないが、この学園の制服はそれなりにお値段が張るらしい。
もちろん平民には手が出せず、結果制服を着た貴族と私服の平民というわかりやすい見た目の差別化が発生するわけだ。
ちなみに俺も着てはどうかとオレアンダーから勧められたが、断固として断った。
制服を着ようが着まいが浮くのは間違いないのなら、絶対に着たくない。
何しろそういう格好が似合う年齢などとうの昔に過ぎ去ったのだから。
いい年したおっさんが学生の格好して許される……かろうじて見逃してもらえるのは18歳未満は見られない映像作品くらいのものだろう。
あとは不良漫画の実写映画。
というかよくよく考えたら、私服しかいない平民校舎に制服で通わせようとしたのかオレアンダーは。
嫌がらせにも程がある、俺で遊ぶな。
「着ようよタカオ絶対面白いって、保証する」
「面白さは求めてないし保証もいらないんだよ」
嬉々として制服を推してくるメアリ。
きっとオレアンダーもこのノリだったんだろうなというのは想像に難くない。
そしてその会話を聞く少尉は何も言葉を発さず、顔を背けてプルプル震えている。
そういえばこの人、制服の話が出た時にも思いっきり吹き出してたな。
俺の制服姿はそんなに面白いというのか。
この件に関して俺の味方はどこにもいない。
ベルガーンとか本気で興味なさそうだし。
たまには俺のフォローをして欲しいと思う。
結局この話題は昼飯の時間が終わり、周囲の人がまばらになるまで続いた。
今更だが、俺たちのやりとりはさぞや多くの耳目を集めたことだろう。




