第四章:その9
貴族寮の食事は広々とした空間でのビュッフェスタイルだ。
元の世界の安ホテルでよくあるなんちゃって朝食バイキングとは違い、ここでは様々な料理が取り揃えられてとても選択肢の幅がある。
要するにとても豪華で豪勢な食事だ。
まあどれもこれも見たことがない料理というか、何を使った何という料理なのかさっぱりわからない代物ばかりではあるが。
「タカオ的にここの料理はどう?」
「美味いと思う」
「だよね、めっちゃ美味しい」
俺、メアリ、少尉の三人が囲んだテーブル。
ベルガーンは俺の背後で相変わらず腕を組んで立っている。
言動こそ砕けているが丁寧な所作で綺麗に食事をするメアリと、テーブルマナーを気にしているようには見えないが見た目の美しさのせいでそれほど雑には見えない少尉。
だいぶ見た目の得点が高い二人に囲まれながら雑に食事を摂る俺は、さぞや悪目立ちをしていることだろう。
だが不思議と今日は心にも余裕があり、ご飯の味も理解できる。
───美味い。
見た目で分かりきっていた事ではあるが、やっぱり美味かったんだなここの料理。
メアリという俺にとっては数少ない知り合いと出会ったことで、日々この空間で感じていた居心地の悪さが緩和されたのだろうか。
いやたぶんそうだろう、小っ恥ずかしいので口には出さないがメアリにはもう感謝しかない。
「変な平民が貴族寮の一番いい部屋に住み着いてるって聞いて、あこれ間違いなくタカオだなった思ったよね」
「……そんな噂流れてるのか?」
「知ってる子に挨拶しにいったら『ご存知ですか?』って話振られたもん」
メアリがこの貴族寮に入ったのは昨日。
その時点でこの噂はかなり広まっていたらしい。
ほぼ間違ってはいないんだがすげえ噂だな、完全に不審者情報じゃねえか。
まあ正直、噂になるのは止むを得ないだろうとは思う。
貴族だらけの空間に平民、しかも一回りくらい年上のおっさんがいたら誰だって素性を詮索したくなるだろう。
変な平民という表現にも反論の言葉が全く浮かんでこないし。
というかあの部屋、一番いい部屋だったのか。
広々としてるし風呂もトイレもついててすげえなとは思ってはいたが。
至れり尽くせりで本当に感謝の言葉しかでてこないよ。
ファッキューオレアンダー。
「それで俺を食堂で待ち伏せてたのか」
「さすがのアタシも入って二日目で男子の部屋には忍び込めないって」
無理な理由が日数かよ。
どう考えても忍び込む気満々じゃねえか。
隣で少尉が「これは言っても無駄だな」って感じのため息吐いてる。
「あとでアタシの部屋教えるからベルガーン遊びに来てよ」
『うむ』
「何普通に行く気でいるんだお前」
当たり前の話だが、この寮は男女で区画が分かれている。
しかも夜間は衛兵が立ったり見回りが出現したりで行き来はほぼ不可能……なはずだ。
ベルガーンは見える者が限られるし壁もすり抜けられるので余裕だろう。
行くことの是非はもうこの際知らん。
だがメアリは一体何をどうする気なんだ。
まさか下調べのために時間が必要だから日数に言及したのか。
「普通に来ればいいだろ」
「男子寮に?それはちょっと……」
わからん。
忍び込むのは良くておおっぴらに来るのは駄目な理由が俺にはさっぱりわからん。
普通逆のような気がするんだが、俺がおかしいのか。
『またあの三人組に絡まれるやも知れぬからな』
「ああ、なるほど」
確かにそれは嫌かも知れん。
あいつら、男子寮でメアリを見つけたら問答無用で絡んで行きそうだしな。
メアリの都合なんかガン無視して。
「てかお前から見てもあいつらはガラ悪いのか?」
『大の男が群れて一人の女に絡むのは、貴様の世界でも行儀が悪かろう』
「ごもっとも」
アレ脅かしてるのと大差ないからなあ。
いかんいかん、イケメン貴族様がただのヤカラに見えてきたぞ。
正直大きくは間違ってなさそうな気がするが。
「そうそう、怖かったー」
「笑顔で言うな」
「少しは心配してくれても良くない?」
俺も図太い図太いと言われるが、メアリも大概メンタルが強いような気がする。
まあ、こいつの場合は生きてる世界的にもそちらのほうが良いのかも知れない。
ナンパを笑顔で受け流さなきゃいけないくらいだからな、こいつもこいつで大変だ。