第四章:その7
イケメンたちはたいそう微妙な表情を浮かべている。
こんなときどんな顔をすればいいのかわからないのだろう。
俺にもわからない。
とりあえず笑えばいいと思う、いっそ笑ってくれ。
「お前何考えてんだ!」
可能な限り小声でメアリに問いかける。
今のは断固として小声だ。
「えへ」
対するメアリは、笑顔。
先程までの愛想笑いとは違う、以前と同じ人懐っこいにこやかな笑み。
それを目にした瞬間、なんか許してしまいそうになった自分がいた。
これはヤバいぞ、危険なサインだ。
「失礼だが、どちらの家の方だろうか」
混乱が支配する状況から最初に脱したのは、先程メアリをナンパしていた男。
ウェーブのかかった金髪ロングヘアーに、むやみやたらに整った顔立ち。
誰がどう見てもイケメンだし、まさしく貴族って感じだ。
これを普通とか言う奴がいたら、そいつは目が悪いか天邪鬼かのどちらかだろう。
この上貴族とか世の中は不公平だ。
繰り返しになるが、その恵まれた人生の半分を俺に分けて欲しい。
「どこの家と言われてもな……」
住所を聞かれているわけではない、家門を聞かれているのだ。さすがにそれは俺でもわかる。
とはいえそんなことをテメーどこ中だよみたいなノリで聞かれても困る。
何しろ回答のしようがない。
細田家とか言う家系はこの世界に存在しないし、そもそも元の世界でも別に由緒はない。
「貴族様に名乗るような家柄の者ではございません、俺……私はしがない平民でございます」
仕方がないので俺は頭を下げながらそう説明する。
敬語を使うのも忘れない。
相手は子供とはいえ貴族だ、礼儀は必要だろう。
「何故平民が貴族寮にいるんだね?」
それも当然の疑問だろう。
だがこれに関しても答えに困る。
というか俺が聞きたい。
何で俺は貴族寮に入れられたんだ。
もういっそ「オレアンダーに聞いてくれ」と言ってしまいたいところだがさすがにそれはまずかろう。
あんなんでも皇帝陛下だし。
「申し訳ありません、当方にもその辺りの事情はわかりかねます」
俺は精一杯誠意を込めて事情を説明する。
なのにどうしたことだろう、目の前のイケメン三人組が微妙にイラついてそうな顔になってきた。
ベルガーンと少尉はため息を吐きながら眉間を指で抑えているし、メアリは顔を背けてプルプル震えている。
多分笑っているんだろうが、どういう反応だこいつら。
「レディ・メアリとの関係は?」
「関係……」
またもやどう答えたら良いのかわからない質問が飛んできた。
メアリと俺の関係と言われても困る。
俺たちは知り合って浅く、年も離れているので友人とは言い難い。
「毎晩部屋に来てました」と事実を述べたらメアリの社会的信用が……いや間違いなく俺が嘘つき扱いされるだろうな。
誰が信じるんだ公爵令嬢のそんな奇行。
となると一緒にテロリストに誘拐された、とかか?
いやこれはあの件がメアリの心の傷になっていた場合それを抉ってしまうのでよろしくない。
まずい、ぼかした回答すら全く浮かばないぞ。
「黙ってないで何とか言ったらどうなんだ」
ああでもないこうでもないと悩んでいた俺に対しそんなトゲのある言葉を投げつけてきたのは金髪の後ろにいたメガネ。
短く切った黒髪にキリッとしたメガネのイケメンなんだが目つきが悪い。
ただイケメンなのは間違いないので、こいつもやはりイケメンと貴族のハイブリッドだ。
俺に半分……いやお前はなんか腹立つから俺に全部寄越して路頭に迷え。
「すみませんすみません、私自身何と言ったらいいかわからず」
ただ腹が立つからと怒っても仕方がない。
相手は子供で貴族、俺は大人で平民だ。
我慢我慢と自分に言い聞かせつつペコペコと頭を下げる。
「一体貴様は何なら答えられるんだ、俺たちを馬鹿にしているのか」
どうやらメガネはだいぶ沸点が低いらしい。
顔にも言動にもイライラが思いっきり出ている。
カルシウム取れカルシウム。
というか何なら答えられるのかなんて俺にもわかんねえよ。
お前らが答えられる質問をしろ。
例は全く浮かばないが。
「さあ……?」
そんな思いから、反射的にそんな言葉が漏れた。
何なら若干首も傾げたし、きっと俺の顔は困りに困った結果半笑いになっている。
「あ、やべ」
焦ったせいでこれも口から出た。
隣のメアリが吹き出し、背後からは大きなため息が二つ聞こえた。
正面の連中は……うわあめっちゃ睨んできてる。
そして俺が何か取り繕うことを言おうとした矢先。
どうやら堪忍袋の緒がヤバいことになったらしく、額に青筋を浮かべたメガネが何か言おうとした矢先。
「申し訳ありません、この者に関してはあまり深く詮索しないようお願いします」
少尉がするりと俺たちの間に割り込んだ。