第四章:その3
まずは部屋の話をしよう。
部屋の中は俺の想定より広い空間が広がり、そして多くのモノがあった。
部屋の中心には流石に帝国ホテルにあったものよりは……という感じだが十分に高そうなソファとテーブル。
部屋の端にあるベッドのサイズはセミダブルくらいだろうか、これまた帝国ホテルのキングサイズに比べると小さいが学生寮の備え付けとしては規格外のサイズで間違いない。
その隣には机と椅子と本棚。
組み合わせ的に机は学習用なのだろう、流石に他の家具と比べると簡素な作りになっている。
あとは冷蔵庫とテレビもそれなりのサイズの物が備え付けられているなど、恐らくワンルームであろう空間に並べるにしては物が多くサイズも大きい。
だがそれでも「広々とした空間」と感じる程度にはこの部屋は広い。
一体何畳ある部屋なんだろうなこの部屋。
まあ間違いなくこの世界には存在しない単位だから絶対わからないんだけど。
あとは窓も大きいため日当たりが良く、左右に一つずつドアが見えるといったあたりがこの部屋の紹介となる。
ドアはたぶん風呂とトイレだろうとは思うが、気になるので後で開けてみよう。
「さあさあご主人様、そちらのソファに座るがよいぞ」
そんなふうにキョロキョロ辺りを見回しながら部屋の中を歩く俺をオレアンダーが引っ張る。
誰がご主人様だ、お前皇帝だろ。
というかその仮面はいつまで付けてる気だ。
「酒でも飲むか?お主のために冷蔵庫は酒で埋め尽くしてある、感謝と感激でむせび泣くがよい」
「もはやどこからツッコんだらいいかわからねえ……」
今は昼間で酒を飲むような時間ではなく、そもそも俺はそこまで酒を飲まない。
よって冷蔵庫の酒はおそらくオレアンダー自身のための備蓄ということになる。
どんだけこの部屋で飲む気なんだ。
というかここ曲がりなりにも俺の部屋だろ、勝手に酒で埋め尽くすな。
オレアンダーと会話しているといつも「こいつ本当に皇帝なのか?」という疑問が頭をよぎる。
もはや皇帝として敬うとかは不可能だ。
ふと他の人からはどう見えているのかと興味が湧き、少尉の方へ目を向ける。
ドアの隣に佇む少尉は、何の感情も浮かんでいない死んだ目で俺たちを……駄目だ俺たちのことなんて見てねえ、こちらの方向を向いてるだけだ。
これはもう意見を聞ける状態ではないと言い切れる。
微妙に途方に暮れかけた時、俺はようやくそれに気づいた。
少尉の隣に立つもう一人の人物。
オレアンダーと同じ格好……というと語弊がある気がするな、メイド服を着た見知らぬ女性。
背丈は少尉とそう変わらないくらいだろうか。
仮面は付けておらず、黒のショートボブで顔立ちの整った中性的な美女。
そんな女性が直立不動という言葉がよく似合うポーズで微動だにせず、静かに佇んでいる。
そう言えばドアが閉まる音が全くしなかったが、もしかしてこの人が閉めてくれたんだろうか。
少尉は間違いなくそんなことしないだろうし。
「そちらの女性は?」
「おお、忘れておった。此奴は忙しい妾に代わり───」
「お前絶対に暇だろ」
「煩い、妾が忙しいと言えば忙しいんじゃ」
皇帝ともなればスケジュールはかつかつ、下手をすれば分刻みというのも十分にありえる話だ。
だがことオレアンダーに限ってそれは絶対にありえない。
そんなに忙しかったらわざわざメイド服を着て、仮面まで付けてこんなところには来ないと言い切れる。
こいつは絶対に暇だ。
「お忙しいことになっている陛下に代わりホソダ様の身の回りのお世話をさせていただきます、アンナ・グッドウッドと申します」
そう言ってメイドさん……アンナさんが深々と頭を下げる。
こっちが恐縮してしまいそうなほどにビシッとした人だ、さぞかし優秀な人なんだろう。
どこぞのジャンル:メイドの女とは大違いだ。
ちなみに当のジャンル:メイドは横でうんうんと頷いている。
お前満足するのはいいけど、さらっと「お忙しいことになっている」ってバラされてるの理解してるのか。
「よし、堅苦しい挨拶は終わったな。酒を飲むぞ」
話は終わり、やることはもうないとでも言いたげにオレアンダーは冷蔵庫へと向かう。
顔は仮面で見えないが、さぞかしいい笑顔を浮かべていることだろう。
「お前本当に酒好き……いや入れすぎだろ」
ツッコミを入れずにはいられなかった。
開け放たれた冷蔵庫の中は、本気で酒によって埋め尽くされていたのだ。
中も扉の裏も、もうチューブのわさびを入れる隙間すらなさそうなほどにギッシリ。
一体何本入ってんだこれ。
「酒臭い学生寮」というワードが頭をよぎる。
俺にとっては現実世界で既視感がある文字列。
しかしこの学生寮……貴族が暮らす空間でそれは果たして大丈夫なんだろうか。