幕間:帝国の或る平穏な一日
私の名前はウィンストン・ローレル。
名門ローレル公爵家の当主であり、現在は帝国の宰相も務めているとても偉い男である。
我がローレル家は血筋をたどればオルランティア帝国の祖、解放王アイアンハートの直系にあたるたいへん由緒ある家系だ。
だから歴史も権力も金もある、偉いのは仕様と言っていい。
だがそんな人の上に立つのが至極当然の私にも、頭の上がらない人物というものは存在する。
今現在私の目の前にいるメイド服を着た女、頬杖をついて脚も組みながら偉そうなポーズで椅子に座っている輩がそうだ。
「今なんとおっしゃいましたか?」
そう言った私の顔は絶対に引きつっていることだろう、確信がある。
「ついに耳が遠くなったのか宰相、良い耳掃除屋を紹介してやろうか?」
「そんな店どこでお知りに?」
女帝クローディア・アイアンハート。
破天荒で傍若無人、人を振り回すことに何の抵抗もない女。
こんな酷い輩がこの世にいていいのだろうかと私は思う。
ちなみにだが、何故彼女が今メイド服を着ているのかはわからない。
女帝はその美しい見た目もあり、国民にはとても人気がある。
だが実際に女帝本人が公式の場に出ることはほとんどない。
数名の影武者たちが完璧な役割分担をもって国を回しているのだ。
演説が得意な者、弁論が得意な者、写真写りが異様に上手い者……。
顔は後からどうにかすればいいとばかりに集められた各分野に精通した者たち。
彼女らにほぼ全てを任せて女帝本人は放蕩、それがこの国の舞台裏である。
それだけでも大問題な気はするが、この女帝にはもう一つ問題がある。
「だから例の異世界人と子を作ると言うたのじゃ」
たまにとんでもないことを言い出すのだ。
「もう本人にも伝えてある」
「私に伝えるより先にですか!?」
しかも今回は事後ときた。
「陛下、そういったことの相手は後々の影響も考えまして相応の家柄の者から選んでいただきませんと」
「異世界で相応の家柄だったかもしれんじゃろ」
「皇帝の反論が適当すぎる」
頭の中で得体の知れない、動物の紹介でも始まりそうな間の抜けた音楽が流れ始める。
いつもこうなのだ、言い出したら聞かない。
今回も「相談がある」という前置きで始まった会話だが、どう考えても相談ではなく決定事項の伝達だ。
件の異世界人が類を見ないほどの魔力を持つ特別な存在だという話は私も聞いている。
だがそれが女帝の子作りの話に直結するのはおかしいと言いたい。
せめて根回しなどの段階を踏むべきではなかろうか。
「花婿修行としてアーカニア魔導学園に入学させる故、手続きをしておけ」
「それも決定事項ですか……」
私は頭を抱えた。
宰相になってから頭髪たちが綺麗さっぱり姿を消したせいで地肌が手に触れる。
「この話、先方は納得を?」
「お前は一体何を言ってるんだ、とでも言いたげな顔をしておった」
その時の様子でも思い出したのだろう、女帝がプルプル震えながら笑っている。
せめて相手方の承諾はあるものだと思っていた私が甘かった。
どんな人物かは知らないが、異世界から来た男にも心から同情する。
今後さぞかし苦労する……いや、もう苦労しているかもしれない。
「まあそちらは妾の魅力でおいおい納得させていく故心配はいらぬ」
「私の心配はそちらが主ではありません」
胃が痛い。
昨日くらいまでは影も形もなかった帝国の未来像が突然決まった。
ちなみに各方面に説明するのは私の仕事である。
当然その時に嫌味も頂戴する。
とても胃が痛い。
「ああ、それから帰りに暗殺者に襲われた故背後関係を調べておけ」
「初耳ですけど!?」
この女帝はいつも突拍子もないことを言い出す。
皇帝が暗殺されかかった話をついで扱いにするのは、うちの国くらいのものではなかろうか。
再開です、またよろしくお願いします。
仕事でスプリンターズステークスが見れませんでしたので、凱旋門賞に切り替えていきます。