第一章:その4
後ろ手に手錠をかけられて両脇に兵士を侍らせながら歩く現在の状況は、正直重犯罪者か捕虜のそれである。
いやまあ近い状態ではあるんだが。
ただそれでも、訳のわからない空間に魔王と二人きりとか、砂漠に魔王の思念体と二人きりとか……これ実質一人だなって状況よりは余程マシだと感じている自分がいる。
念のため言っておくが負け惜しみではない。
周りに言葉の通じる人間がいるというのはそれくらい大きなことだと俺は考える。
そういえばあまりにもてんやわんやでスルーしてたが、なんで兵士たちに言葉が通じるんだ。
俺は日本語を喋ってたし、向こうの言葉も日本語に聞こえたぞ。
これも魔法のパッシブスキルだろうか、だとしたら便利すぎる。
「こちらへどうぞ」
そうこうしているうちに到着したのは巨大なテントの前。
キャンプ場に張ってあるものとは明らかにモノが違う、デカくてがっしりしたまるで建物のようなテントだ。
ロンズデイルに促されるまま入った内部も案の定やたらと広い。
俺とロンズデイルに兵士二人、さらには普通に壁をすり抜けて入ってきたベルガーンがいて、簡易ベッドに机に冷蔵庫らしきものまで置いてあるのにまだ余裕がある。
どんだけ広いんだ。
あとは日差しが全く入ってこないせいか暑さもほとんど感じない上にたぶん冷房まで入ってる、快適すぎるだろ。
「手錠を外して差し上げろ、あと椅子を」
兵士に指示を出しながらロンズデイルは机にもたれかかる。
おそらくは仕事用なのだろう、大きめの机の上には大量の書類や端末のように見える何か、そして占いにでも使いそうなデカい水晶玉が鎮座していた。
水晶玉のせいで微妙にカオスなんだが何に使うんだアレ。
ほとんど俺の世界と変わらない文明と見せかけて、こういう変なオリジナリティを入れてくるのやめてほしい。
ともあれ、俺はようやく手錠を外された解放感を味わいながら用意された椅子に腰かける。
後ろ手だったので微妙に肩が凝った。
「さて、何からお聞きしましょうか」
かくして俺とロンズデイルの面談が始まる。
とりあえずは名前や出身地などを軽く自己紹介から。
やはりというかなんというか、彼らは日本などという国のことは知らないらしい。
アメリカや中国、イギリスなど有名どころも挙げてみたが全てダメだった。
そして次は逆にこの世界の説明を求め快く応じてもらったのだが……予想通りとはいえ知らない固有名詞だらけだった。
まずここはキオラド大陸に広がる“死の砂漠“という名前の場所。
それなりの規模の国がひとつ丸々おさまる程広大な砂漠であり、物騒な名前の由来は魔力の流れが狂っているために動植物が一切生息していないことから。
ちなみに魔獣だけはよそより狂暴で凶悪なのが次から次に生まれるらしい、名前の通りの魔境だな。
ロンズデイルたちはその砂漠に隣接する大国、オルランティア帝国から来た古代遺跡の調査隊。
帝国では古代遺跡の調査が軍主導で活発に行っており、今回は場所が場所ということでかなりの人と金が費やされているんだそうだ。
そんな部隊を任されるとか、やはりロンズデイルはできる男なんだろう。
「道具、技術、魔法。時代の流れとともに失われたものは多くあります。帝国はそれらを発見し、利用することで豊かで強い国になったという歴史があるんですよ」
なるほどなあ。
なんとなくわかってきたが、この世界はどうやら剣と魔法というより銃と魔法のファンタジーな世界らしい。
机の上を見た感じ、俺が元いた世界に魔法の要素がプラスされた感じなのだろう。
例の白銀の騎士を見る限り、剣もまだまだ現役みたいだけど。
「それで、ここは何か伝説でもあるんですか?魔王がいたとか」
「それが、わからないんですよ」
ベルガーンに関する伝説の一つでも聞けると思っていたのだが、返ってきたのは少々予想外の答え。
横でベルガーンも怪訝な顔をしている。
「”死の砂漠”に、というよりこの地域にこれほどの城を築く文明があったという記録は残っていませんでした」
未踏の地に等しかった死の砂漠に文明の跡がある、という情報を帝国が得たのは数年前。
そこから確認やら予算と人員の確保やらに時間を費やし、今回ようやく派遣されたのがこの部隊だという。
歴史的発見なため、家を売ってまで同行してきた考古学者もいるんだとか。
ああ、横でベルガーンが何か言いたそうにしている。
でもロンズデイルたちはこいつのことが見えないし、声も聞こえないんだよなあ。
ベルガーンはどうにかしろとでも言いたげな視線を向けてくるが、そんな目で見られても困る。
ただでさえ異世界人とかいう胡散臭い立ち位置なのに、この上さらに「隣に見えない魔王がいます」とか言えんわ。
変人度がさらに上がってしまう。
「ロンズデイル少佐、いらっしゃいますでしょうか」
そんなとき、テントの外から女性の声が聞こえた。
「クロップ少尉か、どうした」
「先程出現した魔獣に関して報告に参りました」
「良かろう、入りたまえ」
促され中に入ってきたのは……とてつもない美人。
透き通るような白い肌。
美しい金色のロングヘア。
そして、尖った長い耳。
エルフだ、この世界でなんと呼ぶかはわからないがエルフだ。
しかも軍服を着たエルフだ。
彼女は顔も良いがスタイルもやたらと良く、軍服の上からでもわかるほど。
腰に下げた長剣がまたいい感じのアクセサリーになっており、まるで……というかまさしくゲームのスチルのようだ。
やべえ、写真撮りたい。
手元にスマホがないのが残念だ。
「失礼しま━━━ッ!?」
そんな呑気な思考を巡らす俺を一瞥した瞬間、彼女は突然俺でも背筋に悪寒が走るレベルの殺気を飛ばしてきた。
というか素早い動作で剣に手をかけてるんだが、これ抜刀されたら俺避ける間もなく首飛ばないか?
ただそんな状況でも俺の脳で多数派なのは死の恐怖ではなく「すげえ絵になるなあ……」という場違いな感想。
異世界、超絶美人エルフ、剣という現実感のないものが重なったせいかも知れない。
今剣を振るわれたら俺は呆気なく、呑気な思考のまま死ぬだろう。
「何者だ」
だが彼女が警戒し、殺気を飛ばしている相手は俺ではなかった。
視線の先にいるのは、彼女が低い声で問いかけを向けたのは、俺の隣にいる男。
俺以外の誰にも見えないと思われた、魔王ベルガーンだった。