第三章:その19
「まあ、お主の機能が生きておるか死んでおるかの話はさておき」
「おいそんな話した記憶ねえぞ」
生きてるし元気だよ、勝手に殺すな。
オレアンダーがシモの話を始めてから、俺の尊厳がものすごい勢いで攻撃されている。
思わず勢いで「やってやろうじゃねえかこの野郎」と某野球選手……引退したから元だな、彼のモノマネをしそうになってしまう。
だがそんなことをしてオレアンダーの予言通り一分で早撃ちしてしまったらまずい、ガチで尊厳が死ぬ。
俺はガンマンではないのだ、早さなど必要ない。
というか俺の尊厳を巡る攻防戦が、気付けば椅子とか脚置きがかわいく思えるレベルまで戦線が後退してるんだけど。
おのれオレアンダー。
「そんなことはどうでも良い、真面目な話じゃ」
「どうでもよくないんだよなあ」
そんな俺の抗議を無視してオレアンダーが言葉を続ける。
真面目かどうかはさておき、先程までのふざけた空気は綺麗さっぱり行方不明になっていた。
一体何の話が始まるのだろうか。
「お主は魔法も使えんし文字も読めん、この二つは今後のためにも学ばせておきたい」
オレアンダーの言う「今後」がいったい何を指すのかについては考えないでおくとして、俺としてもその二つは学べるなら学んでおきたい代物。
まあこの世界でやりたいことはまだないというかそんなことを考える段階にはないんだが、何をどうするにしてもそれこそ今後この世界で生きていくためには間違いなく必要なスキルだろう。
あ、一つやりたいことがあるな。
とりあえずオレアンダーからは逃げたい……いやこんな良くしておいてもらってそれはないだろうとは俺も思うが。
「文字は家庭教師をつける、魔法はアーカニア魔導学園という教育機関があるゆえそこに通って学ぶがよい」
アーカニア魔導学園……めっちゃ既知の固有名詞だ。
俺の脳裏に両手でピースサインを作るメアリの笑顔が浮かぶ。
え、俺も同じところに入学すんの?
確かに貴族から平民まで幅広く通う学校とも、年齢層も幅広いとも聞いたけれども。
全く想定していなかった。マジでよもやよもやだわ。
「魔法に限らず知識や武芸、様々なことを学べる場所じゃ」
これは間違いなくありがたい話である。
何しろ借金してでも通う平民がいるような場所だ。
この世界……この国の一般的な教育水準についてはまったく知らないが、少なくとも帝国で受けられる最上級の教育であることに疑いの余地はない。
そこに、他人の金で通えるのだ。
……他人の金だよな?
後払いじゃないよな?
タダより高いものはないって言うし、不安になってきた。
入学金とか授業料の合計、日本円でいくらなんだろう。
いやごめん、やっぱり知りたくない。
このホテルの宿泊料金と一緒に後で請求されるとかなったら、間違いなく俺は借金で首が回らなくなる。
「お主は何故そうも無言で表情がコロコロ変わるのじゃ」
うるせえなこっちは色々考えてんだよ。
というか誰のせいだ誰の。
「とりあえず、既に妾からの推薦という事で手続きはしておいた。しっかり学んでくるが良い」
「え、決定なの?」
「妾がいつお主に判断を仰いだ」
まさかの事態、俺に選択権はなかった。
言われてみれば確かに聞かれてないけどさあ。
というか断るつもりはなく、むしろ「いいのか?」って聞こうと思ったくらい乗り気ではあったけれども。
一応ポーズでも俺に意思確認しろよ、とは思う。
もし俺が嫌がったらどうするつもりだったのか……については考えるまでもないな、うん。
「良いな?」
「良いです」
こうして、圧倒的スピード感で俺のアーカニア魔導学園への入学が決まった。
その後オレアンダーは持ってきた酒を全部空け、相変わらず片付けを一切することなく帰っていったのだが……その辺りでどんな会話をしたのか、振り回されすぎて疲れ果てた俺はいまいち覚えていない。