第三章:その18
「今子を為すって言った?」
「うむ、妾とお主の間で世継を作りたい」
聞き間違い、あるいは勘違いであってほしいと思ったが聞き間違いではなかった。
ところがどっこい現実です。
「いやいやいやいや、なんで俺!?」
何をどう考えても、俺は国のトップとの間に世継を作るような立場の人間ではない。
そういうのは名門貴族とか、それに近い肩書や力を持ってる人たちから選ばれるもんだろう。
何故、どうして俺なんだ。
「お主となら強い子ができる可能性があるし、何より楽そうじゃ」
「楽そうって何だ」
「報告書を見る限りお主は魔力以外はてんでお話にならぬ。見た感じ頭も悪い」
「突然罵倒始めるんじゃねえ」
面と向かって淡々と言われると俺だって傷つくんだぞ。
というか見た目で頭の良し悪しを判断しないでもらえるだろうか。
いや決して俺は頭がいいと言い張りたいわけではないんだが。
……なんか反論も思いつかないし本気で悲しくなってきた。
「だが、こと魔力に関してはそれらを補って余りある程の才がある。自覚はあろう?」
魔力に関してはベルガーンにも出会った当初から言われていることだ。
恐らく俺の身体を乗っ取ろうとしたのもこれが原因だろう。
あいつにとっても俺の魔力にはそれだけ価値があるということだ。
正直最初は言ってる意味がわからなかった。
何しろ俺にとって魔力なんてものは漫画やアニメ、ゲームの中に存在する架空の概念。
それに関する才能が現実に、それも自分自身にあると言われても信じられないのは仕方ないと思う。
信じられるようになった……というより存在を実感したのはこっちの世界に来て”魔法の杖”を使い出してから。
同化している間、凄い万能感があるのだ。
生身でいる時は本気で怖かったテロリストも、”魔法の杖”さえあれば余裕な気がした程度には。
まあ終わってみれば実際余裕だったわけだけれども。
もしかして皇帝は何よりも魔力の素養が求められるとかそんな感じだろうか。
まあそれなら俺が選ばれるのもわからんでもない。
サリバンさんにも「歴史に名を残す程」って言われた訳だし。
「加えてお主と妾は血統的に掠りもしておらぬ、血が近いと色々危ない故たいへん喜ばしい。お主の先祖がどのような能力だったのかわからんのが難点じゃが……」
「これ人間同士の子作りの話だよな?」
なんか競走馬の配合みたいな話になってきたんだが。
近親婚が危ないって話もすげえ真っ当なこと言ってるのに、血統とかいうワードが登場したせいで近親交配の話みたいになってるし。
「なんじゃ、愛だ恋だと甘い言葉を並べる方がお主の好みか?ならば───」
「やめてくれ、お願いだから、やめてくれ」
俺が何か言う前からノリノリで腰を浮かしかけたオレアンダーを慌てて制する。
これは確信を持って言えるんだが、こいつに耳元で愛を囁かれたらどんな奴も落ちると思う。
無論俺も例外ではない、耐えられる気がまったくしない。
美しく整った顔。
均整のとれた身体。
そこによく通る、異様に色気のある声だ。
耳元で囁かれたらたぶん脳が揺れる。
左フックとかアッパーがクリーンヒットしたときよりヤバいと思う。
今オレアンダーは舌をちょっと出して上目遣いにこっちを見てるんだが、この程度のことでも理性にダメージが入ってる感覚があるくらいだし。
こいつ、いろんな意味で危ない奴なんじゃなかろうか。
いやまあ正直耐える……我慢する必要があるかと言われると別にない。
オレアンダー程の美女とそういう関係になれるならむしろ喜ばしいのではないかとすら思う。
ただエロい妄想と一緒に、その後脚置きや椅子に成り果てている自分の姿を想像してしまうのだ。
そして一度流されたらその想像は現実になるだろうし、何ならこの先扱いは悪くなり続ける……俺の尊厳は失われ続けるだろうという確信がある。
だから俺は今、頑張って無駄な抵抗をしているのである。
「もしやお主、怖いのか?心配せずともお主相手なら一分で終わる、大丈夫じゃ」
「少しも大丈夫じゃないんだよそれ」
安心させたいのか罵倒したいのかはっきりしてほしい。
とりあえずその発言はだいぶ罵倒寄りだ。
「わがままな男じゃな……」
「とりあえずお前には言われたくない」
俺は今きっと、とんでもなく疲れた顔をしているだろう。
というか疲れた。
対してオレアンダーはというと、心底楽しそうな顔で俺のことを見ている。
もしかして一連の発言は俺をからかって遊んでいただけなのだろうか。
十分にあり得るのが嫌なんだが。
「もしや妾には魅力がないと言うのか!?」
突如顔を覆い、さも泣いているかのように振る舞うオレアンダー。
だがその手の下には間違いなく満面の笑みがある。
何しろ全力で上方向を向いた口角が見えるのだから。
隠せてないのか隠す気がないのか……なんか後者のような気がしてならない。
「はいはいオレアンダー様は絶世の美女でございますよ」
「そうじゃろうそうじゃろう、もう一度言ってみよ」
ほら見ろやっぱり満面の笑みだった。
エルコンドルパサー来ません