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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第三章:一般人男性、皇帝に拝謁する。
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第三章:その16

少し意識が覚醒し、起きなきゃと思った瞬間また寝る。

俺は寝るつもりがないのに寝てしまったとき、そんな感覚を繰り返す。

そうなりやすいのはだいたい満腹の時か疲れ果てている時。

ずっと歩き回っていたので、今回は間違いなく後者だ。


そしてその少し意識が覚醒したタイミングで聞こえる、ドアをノックする音。


それに反応してゆっくりと目を開ければ周囲……部屋の中は暗かった。

「ああ日が落ちたのか」とぼんやりした頭で考えながら窓の外に目をやれば、部屋の中と同じように広がる暗闇の中にポツポツと小さな光があるのが見て取れる。

この光は窓から見える景色の下半分に集中しているので地上、建物の中や街頭の光だろう。

部屋に戻ってきた時はまだ夕暮れでもなかった気がするので、どうやらそれなりの時間寝てしまっていたようだ。


次はのそのそと起き上がりながら、自分の状態を確認する。

部屋に帰ってきた時のままの格好。

少し休もうと寝転がったらそのまま寝てしまったという記憶は間違いや夢の類ではなかったらしい。

やはりこのベッドは人を駄目にする。


そして周囲にベルガーンの姿はない。

戻ってきていないのか、戻ってきてまた出ていったのかはわからないが少なくとも今部屋にはいない。

もはや不在がいつものことみたいになってきたな。


再びノック。


「あーい」


飯の時間だろうかと、間の抜けた返事を返しながら考える。

現在の時刻はわからない。

ベッドの横に時計らしきものはあるが残念なことにデジタル表示、何が書いてあるのか読めないんだからどうしようもない。


再びノック。


なんか回数多くね?

あと叩く時に込められている力が増しているようで、音も最初のノックに比べるとかなりデカい。

トイレ急いでる時のノックみたいになってんぞ。

そんなこれまでとは違う雰囲気のノックに首を傾げながらも、寝起きで頭の回っていなかった俺は一切警戒することなくドアを開く。


「妾が来たら即ドアを開くのがこの帝国の常識と心得よ」


そしてオレアンダーの姿が目に入った瞬間、俺は流れるようにドアを閉め───ようとしたのだが、閉まらない。

瞬間的に差し込まれたオレアンダーの右手が、すごい力でドアを引っ張っている。

いや俺は両手で、割と全力で引っ張ってるんだけどなんで動かねえんだよ。どんな力だ。


「いい度胸ではないか異邦人」


オレアンダーの手入れの行き届いた綺麗な手をドアに挟んでしまう危険性など全く浮かばなかった。

何しろドアがまるでその場に固定されてしまったかのように動かないのだ。


「その度胸に免じて五秒待ってやる、死ぬ気でドアを閉めてみよ。五」


オレアンダーの心底愉しそうな声音が絶望感を煽ってくる。

これはホラー映画のワンシーンか何かなんだろうか。


「四」


ドアはマジでピクリとも動かない。

よく洪水になった時とかに水圧で扉が開かなくなるとかいう話を聞くが、もしかしたらこんな感じなのだろうか。


「いち」


一気に数字が減った。

さては飽きたなこの野郎。

とはいえ正確に五秒与えられても勝てる気はせず、そもそも何か必死にドアを閉める理由があるわけでもない。

なので俺もその時点で諦め、力を抜いた。


ゆっくりとドアが開く。

目の前に立つオレアンダーはやはりとんでもなく人の悪い、明らかに勝ち誇った笑みを浮かべていた。


「妾の勝ちじゃな」

「どんだけ怪力なんだお前……」

「妾が怪力なのではなく、お主が非力なだけの話よ」


そんなわけあるか。

何をどう考えてもお前が馬鹿力なだけだろう。

というかこいつ、指も腕も身体も細いのにどこからあんな力が出てたんだろう

もしかして脱いだらすごいんだろうか、もう筋肉バッキバキとか。


「ほれ、そんなことより飯を持ってきてやった故感謝と感激に咽び泣くがよい。地に這いつくばってそれらを表現するとなお良い」


床を指差すな。

暗にではなく直球でやれって言ってやがる。

こいつは俺をどうしたいんだろう、謎は深まるばかりだ。


「ありがとう」


とはいえ飯を運んできてくれたことには素直に感謝を示そうと思う。

咽び泣いたり地に這いつくばったりはしないけど言葉にはするし頭は下げる。


「今日のところはそれで許してやろう、寛大な妾に」

「咽び泣きも這いつくばりもしないからな」

「貴様皇帝の言を途中で遮るとは本当にいい度胸しておるな」


はいはい不敬不敬。

いやまあ公の場なら罰されても仕方ないレベルのガチ不敬ではあるんだけど、なんかこいつを敬ったら負けのような気がするんだよな。

能力権力財力、現状全てにおいて負けてるがそれでもだ。


「まあよい、いい加減中に入れよ」

「へいへい、どうぞお入りください」


無駄に疲れるやり取りだった。

俺は一体なんでこんな無意味な───そんなことを考えていた俺の思考が、オレアンダーが押す台車を見て止まる。


「なんだそれ」


台車の上に乗っていたのはいつもの綺麗な食器や高そうな料理ではなく、大量の紙袋。

そして以前持ってきたような酒瓶ではなく、缶ビールの山。


「お上品な料理ばかりというのも飽きるであろう」


文字なのか絵なのか俺には判別できないが、その紙袋には大きくロゴが描かれている。

直感的にファストフードが入っていると確信できる紙袋。


「お主の舌に合いそうな食い物を見繕ってきてやったぞ」


オレアンダーの勝ち誇ったような笑み。


それを見た俺は───


「お前が食いたかっただけだろ」


思わずそう口走っていた。


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