第三章:その15
“解放王“ルイス・アイアンハート。
約千年前、奴隷の身から幾多の苦難を乗り越え、オルランティア帝国を築き上げた初代皇帝の名だ。
彼の伝説の中には”魔竜レネン”と呼ばれるドラゴンが幾度となく登場する。
英雄アイアンハートに対し時に助言を与え、時に彼のためにその力を振るう……友人であったとも使い魔であったとも伝えられる強大なドラゴン。
未だ謎多き存在ではあるものの、そのドラゴンが実在したのはどうやら間違いないらしい。
何しろ英雄アイアンハートが没して以降も数百年の長きに渡り、帝国周辺で度々レネンと思しきドラゴンの活動が観測されているのだ。
その圧倒的な力を見たという者はもちろん、言葉を交わしたという者すらも存在する。
流石にここ百年程、帝国が安定して以降は目撃例が途絶えているらしいが十分だろう。
しかも多くの場合レネンの出現は帝国に寄与する……場合によっては帝国を救うほどの結果をもたらしてきた。
帝国の紋章にドラゴンが描かれていることもあり、レネンを吉兆どころか帝国の守護者と考える人間が現代でも数多く存在するらしいが、無理もない話のように思う。
前置きが長くなってしまったが、目の前にある巨大な彫像はそのレネンの姿を模したものなんだそうだ。
俺にこの辺りの話を教えてくれたのは、俺の隣で共に彫像を見上げる男性。
彼はここ……ホテルに併設された博物館の職員さんである。
エレベーターを降りた先にあったのは博物館の入口だった。
過去に居た英雄の装備品や由来の品、あるいは帝国に関係する様々な物品を展示する施設。
どうやらこの施設とホテルは繋がっていたらしく、俺は迷いに迷った末にホテルの入口に向かうものではなくこの施設に降りるためのエレベーターに乗ってしまったようだ。
流石高級ホテル……と言いたいところだが、もう高級ホテルだからこうなのかすらわからん。
そしてその入口に浮かぶドラゴンの彫像、吊り下げられているとかではなくマジで浮いているそれの威容にポカンと口を開けて見とれていた俺に「何かお困りですか?」と声をかけてくれたのがこの職員さんだ。
めちゃくちゃお困りだった俺は現在の状況を説明、後程ホテルの方に連絡を入れて迎えに来てもらうことになっている。
ご迷惑をおかけしました、ほんと。
「では中もご案内いたします」
「是非に」
その際にレネンの彫像の説明をしてもらい、あまりにそれに対する食いつきが良かったのか「せっかくなのでいかがですか?」と施設の見学を勧められた。
展示物にも興味があった俺はそれを二つ返事で快諾。
かくして職員さんの案内のもと博物館を巡ることとなった。
入館料については後程、俺の宿泊代金を払ってくれている誰とも知れない人物か組織に請求が行くことになっている。
どうか実在してますように。
「こちらは英雄ワードプラウズが遺した武具一式と、彼が討伐したウルトラスーパージャイアントクラブの魔石です」
目の前に展示されているのは美しい剣と兜、そしてかなり大きなサイズの魔石。
魔石は俺が”オルフェーヴル”を召喚するために使うものより一回り以上大きい。
魔石のサイズが魔獣の強さにどう影響するのかはわからないが、もし大きさイコール強さなんだとしたら相当に強い魔獣だったんだろうと想像できる大きさだ。
……ただ、もう少し魔獣の名前はどうにかならなかったのかとは思う。
せめてウルトラスーパーを外してやってほしい。
それだけ巨大だったと言いたいんだろうか。
もしそうだとしても、もうちょっとこう……他に形容詞があったのではないかと思う。
見た目がわからないこともあってパッとは浮かばないが。
「英雄ワードプラウズはウルトラスーパージャイアントクラブを素手で相手取り……」
”魔法の杖”と同調したか強力な武器でも使ったものだと思っていたらまさかの素手。
すげえな英雄ワードプラウズ。
ただそうなると一つの疑問が湧いてくる。
「じゃあこの剣は……?」
一緒に展示されているこの剣は一体何なんだという疑問だ。
素手で相手取ったと言うならそもそもこれは使っていないはずだ。
何故セットで置かれているのかわからない。
「そちらは『この剣で倒したことにして欲しい』とワードプラウズが希望した剣、と伝わっています」
いやどういうことなんだよ。
素手のほうが強そうなのに何で……もしかしてこの剣を自慢したかったとかか?
わからん、ワードプラウズとかいう英雄の思考回路かさっぱりわからん。
とまあそんな感じで、俺は博物館を非常に楽しく見て回った。
収蔵されているのは絵画や彫刻、陶器のような美術品から武具まで多岐にわたる。
珍しい魔獣の魔石や、魔獣ではない怪物の骨や殻なんかもある。
物品そのものにも興味を惹かれるし、それに付随する伝承や逸話も聞いていてめちゃくちゃ楽しい。
一つ一つがまさにファンタジーという感じだ。
「俺が求めていたのはこれだよこれ」みたいな感覚すらある。
俺の反応がいいので係の人も楽しそうに、詳細に説明してくれる。
もしかするとこういう話をするのが好きな人なのかもしれない。
俺としては大歓迎だ。
その道のプロだけあって説明自体もうまいので、おそらく一晩中語ってくれても楽しく聞けると思う。
俺はかなりの長時間、博物館の中を職員さんとともに歩き回った。
それでもじっくり説明をしてもらったこともあり、見ることができた展示物は全体の半分にも満たない。
ホテル併設と思って舐めていたが、どうやらここは相当にデカい建物だったらしい。
だが俺は係の人の解説もちゃんと聞きたかったのだ、悔いはない。
「またいらしてください」
別れ際、職員さんは満足そうに……それでいてどこか残念そうにしていた。
「絶対また来ます」
力強く言葉を返す。
これはお世辞とかではなく本心だ。
こんな楽しい場所、全て見尽くせるまで何度だって来たい。
そうして職員さんと固い握手を交わして、俺は博物館を後にした。
その後ホテルマンの案内でようやく部屋に戻った俺は、ソファの上で横になった瞬間寝落ちすることになる。