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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第三章:一般人男性、皇帝に拝謁する。
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第三章:その14

帝国ホテルは広く、色々な施設がある。


高そうなレストランにバー、美容室やエステっぽいものにプール。

今いる場所は会議室フロアか何かだろうか。

もはやちょっとした街である。

もしかすると元の世界でも高級ホテルはこんな感じなのかも知れないが、何度も言っている通り俺は元の世界で高級ホテルなどというものに泊まったことがないのでわからない。


まあ何にしても、俺が泊まったことのあるビジネスホテルやカプセルホテルとは比較にならないということだけは確かだな。


「どこだここ」


さて俺は現在、そんな巨大空間で迷子になっている真っ最中だ。

気晴らしにホテルを探索してみようなどと思ったのが間違いだったと、今とても後悔している。


思い出されるのは田舎者の俺が初めて東京に行った時、新宿駅で大いに迷った時のこと。

あの時は人に聞いたり案内板を見たりで何とか脱出出来たが……今回はあの時より状況が悪い。

何しろ文字が読めないので案内板を見ても何が書いてあるのかわからない上に、間が悪いのか場所が悪いのか周囲に人がいないのだ。


「高級ホテルを甘く見すぎた……」


こういう時、改めてベルガーンが羨ましいと思う。

壁も床も天井もすり抜けられる上に姿が見えないので誰に咎められることなく隅々まで見て回れるし、迷っても適当に動き回れば見知った場所に戻るのは余裕だろう。

というか俺自身がその能力を使えなくとも、あいつを頼れる状況だったならここまで迷いはしなかったはずだ。

だが生憎今俺の隣にベルガーンの姿はない。

奴とはホテルを探検してみようと部屋を出た瞬間から別行動となっているため、俺は一人でこの状況の打開を目指すしかないのだ。


「ホテルの人に案内してもらうか……」


従業員に案内してもらえば部屋に戻れる……というより、もはや案内してもらわないと部屋に戻れる気がしない。

この悲しい事実に気付いたのが人のいるフロアではなく、誰もいない会議室フロアだというのは中々に最悪だ。

もう少し早く気付いていれば楽だったのに、とはすごく思う。

そして困ったことに、もうそういったフロアへの戻り方もわからない。


こうなると、俺が目指すべきは階下だろうか。

地上まで降りられればフロントにたどり着けるか、最悪でも人がいる場所に出られるはずだし。

よし、そうしよう。


とはいえそれもあまり簡単なことではない。

案内板は各所にあるが、文字が読めない俺に理解するのは不可能。

辛うじて現在地と思しき矢印と、階段と思しきものは理解できるが階段は使いたくない。

俺がここまで迷った要因の最たるもの、それが階段だからだ。

何でこんな構造にしたのかは知らないが、このホテルの階段は繋がっていない。

一階降りたらもう一階降りるために別の階段を探さなければならないクソ構造。

もはや迷わせに来ていると言っても過言ではないだろう。


「エレベーターフロアってないのかな」


ないということはないだろう。

半ばそう信じて案内板を凝視していた俺は、フロアの端にそのマークを発見した。

三角形が二つ、上下を指し示すようにくっついたマーク。

エレベーターを呼ぶボタンに似たマーク。


試しにそちらの方向に向かってみて……実際にエレベーターフロアを発見した時、俺は間違いなくホッとした。


「操作方法同じであってくれよ」


とはいえそれで解決したわけではない。

次はエレベーターをきちんと操作できるか、という問題がある。


到着時に案内してくれたホテルマンの手元を見ていた限りでは、だいたい元の世界と同じ操作方法のような印象はある。

だが印象だけだ、確実ではない。


ひとまず扉の横にある二つのボタン、そのうち下側のボタンを押す。

これで「下に行きたい」という意思表示はできたはずだと思いたい。

そんなことを思いながら扉の上を見た時、俺はあることに気が付いた。


「あ、これリモコンと同じか」


恐らくは階数表示器なのだろう、光が文字の上を移動するパネル。

どうやら俺の意思表示はエレベーターにちゃんと伝わったらしいというのはさておき、そこに書かれている文字がさっきまで見ていたテレビのリモコンに書かれていたものと同じだったのだ。

ならば最低限、俺の世界でいう1か0にあたる最初の数字だけは理解できる。


これで次の問題、「乗り込んでどのボタンを押せば良いか」にも目処がついた。

到着したエレベーターに乗り込んだ俺は、迷うことなくその数字を押す。


「何とかなりそうだな」


思惑通り下降を始めたエレベーターの中で、俺は大きく息を吐いた。

それが安堵によるものなのか疲労によるものなのかはよくわからない。

とりあえず「もう出歩かねえ」と強く決意したことだけは確かだ。


「というかいつまで俺はあの部屋にいればいいんだ……?」


そしてその場合の最大の不安はこれ。

俺はこれからどうなるのか、どうすればいいのかがまったくわからない。

そもそもあの部屋に連れていかれたのも事前説明なしだったので、全体的に説明不足だ。

今はまだ問題ないがそのうち暇をもて余すように……いや既に暇を持て余し始めたからこそ今の情けない事態に陥っているのか。

オーレスコの研究所も大概暇だったが、それよりはるかに設備の整った帝国ホテルでも暇を感じるということは俺には部屋でじっとしている才能がないんだろう。


というかあの部屋にずっと籠っていたら確実に太る。

俺はもうおっさんに片足を突っ込んでいる年齢なので、太るのは簡単だが痩せるのは大変なんだ。


「今度オレアンダーが来たら聞いてみるか」


あいつなら何か知っているだろう。

いやむしろ決める立場だし知らないはずがないな、皇帝だし。


と言うか皇帝が直々に、しかも一人で訪ねてくるのはなかなか意味がわからないよなあと改めて思う。

俺の今後並、下手したらそれ以上にオレアンダーの行動指針は謎である。

ただまあこれに関しては考えても無駄そうなんだよなあ。

俺のところに訪ねてくるよくわからん女はこれで二人目。

一人目のメアリのことからして理解できなかった以上、オレアンダーのことも間違いなく理解できないだろうという確信がある。

オレアンダーの場合メアリよりヤバい疑惑があるし。


俺がそんな諦めの境地に達した時、エレベーターがチンという軽い音とともにゆっくりと停止する。

ゆっくりと開いた扉の前に人はいなかった。

どうやらちゃんと目的地……かどうかはわからないが、押したボタンの階には到着したらしい。

どうにもこのホテルに到着した際の、エレベーターでのやらかし二つがトラウマになっている。

もう間違って降りるのも、降りる時にすっ転ぶのも御免だ。


足元に注意しつつゆっくりとその広いフロアに足を踏み入れる。

ホテルの入口の絨毯が敷かれた床とは違う、固く足音の響く床。

また変な場所に出たなとわずかに落胆しながら顔を上げた俺の視線は、あるものに吸い寄せられるように釘付けになった。


空に浮かぶ、巨大なドラゴンの彫像。


翼を広げ力強く羽ばたく姿をした、今にも動き出しそうなほどに精緻な作品が俺を静かに見下ろしていた。


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