第三章:その12
診察自体は至極あっさりと終わった。
また採血とかもやるのかと思い少しげんなりしていたが、どうやらオーレスコの研究所で取ったデータがサリバンさんにも共有されているらしい。
なので今日は俺の健康状態だけ見にきたんだそうで……正直なところめっちゃホッとしてしまった。
やはり採血などというものは、そんなに頻繁にやりたくない。
下手な人にやられたら本当に痛いし。
「最後にこちらだけお願いできますかな」
そう言ってサリバンさんがテーブルの上に乗せたのは、水晶玉。
その水晶玉がどういう代物なのかはすぐにわかった。
魔力を注ぎ込んで魔力量を測定するという、オーレスコでもやった検査のためのもの。
水晶玉を割って測定不能の数値を出したのにリアクションが薄かったことまでよく覚えている。
あれは悲しかった。
「……また割る気がするんですけど、いいんですか?」
「より大きな数値まで測定できる特別製ですので、そうそう割れませんよ」
確かに、言われてみれば以前の水晶玉とは少し違う。
以前のは無色透明だったがこれはほんのり青く、中にはぼんやりとした光が瞬いているように見える。
「もしこれを割るようでしたら、ホソダ様は後々帝国の歴史書に載るやもしれませんな」
にこやかに告げられた言葉。
それを受けて俺のテンションがにわかに上昇する。
これだよこれ。
異世界転生の醍醐味、魔力測定不能。
それもオーレスコでの「またか」みたいな塩対応ではなく、驚きをもたらす出来事。
割りたい。
たぶんこの水晶はめちゃくちゃ高いだろう。
だからきっと割らない方がいい、間違いなく割らない方がいい。
だが、割れてほしい。
ただただ俺の風評と自己満足のために。
期待に胸躍らせながら水晶に手をかざす。
そしていざ魔力を流し込もうとした瞬間───何故か俺の脳裏に、ものすげえ意地の悪い笑みを浮かべたオレアンダーの顔が浮かんだ。
嫌な予感、そうこれは嫌な予感だ。
俺のシックスセンスが何故だか「止めろ」と告げている。
なあ、俺のシックスセンスよ。
オレアンダー来訪時もきちんと働いてくれた感覚よ。
一言だけいいだろうか。
───言うのが毎回遅いんだよ。
ピシッとかパキッとか、そんな感じの硬質な音が鳴り……水晶にヒビが入っていく。
前回と同じ、俺の魔力が測定不能だったことを示す反応。
先程……数秒前までの俺ならば喜んだだろう。何しろ望み通りの結果が出たのだ。
しかも今回は「割れれば歴史に名を残すかも」という前置きがあったのだから喜ばないわけがない。
やったぜとか口に出していた可能性すらある。
だが今の俺は魔力とともに、必死に「割れるな」という念を送っている。
根拠はないしそう思った理由に全く心当たりはないが、割ったらろくでもない目に遭いそうな気がしてならない。
だがそんな俺の念と願いは全く届かず、ヒビは順調に拡がっていく。
そしてそれはやがて表面まで到達し───水晶玉は一際大きな音を立てて、真っ二つに割れた。
「おお」というサリバンさんの声。
ベルガーンも今回は感心したような表情で俺を見ている。
だがそんな二人を尻目に、俺の心はどんより曇り空。
やってしまったという感想以外何も浮かばない。
シックスセンスが見せた謎のビジョンが怖い。
何故か浮かんだオレアンダーの笑顔が、とても怖い。
「私も長く生きてきましたが……この水晶を割るほどの魔力を持つ方はあなたで二人目です」
サリバンさん何歳なんだろう。
エルフって基本長命の設定で、若々しい見た目でも三桁歳ってのがファンタジーのお約束なんだよな。
この世界でもそれが同じなら、おじいさんになってるサリバンさんは、下手をすれば四桁歳まであり得る。
そんな長生きしている人がここまで感嘆するのなら、これはガチで偉業なのだろう。
というか今サリバンさん、二人目って言ったよな。
その一人目は誰だろう、という興味はある。
同時に、聞くのが怖いとも思う。
『ほう、貴様ほどの魔力を持つ者が他にいるのか』
ベルガーンは興味津々といった様子で食いついた。
そしてその目はどう見ても俺に『聞け』と言っている。
こいつは自身の姿が見えず声も聞こえないサリバンさんに直接問いかけることができないから仕方ないんだが……聞きたくねえ。
「一人目というのはどなたです……?」
だが聞かなければならない空気だ。
俺としてはこのまま観測せず、謎の一人目がいた的な扱いで人生を過ごしていきたいんだがそうもいかない空気になってしまった。
というか割りそうな奴に一人、心当たりあるんだよな。
ただ正直その予想は当たって欲しくない。
「現在帝国を統べる、クローディア・アイアンハート殿下です」
───この国で最も強い者が誰かわかるか?妾じゃ。
あの時オレアンダーはそう言った。
そしてそれはどうやらフカシでも自惚れでも何でもないらしい。
俺の中の嫌な予感が膨らんでいく。
奴と同格、お揃いという事実がとても不安だ。
そして俺の脳は、嫌な笑顔で笑うオレアンダーの姿をもう一度想像した。