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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第三章:一般人男性、皇帝に拝謁する。
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第三章:その10

「で、俺は皇帝様のことをなんて呼べばいいんだ」

「好きに呼べば良かろう、オレアンダー様でもクローディア様でも飼い主様でも」


好きに呼べば良いって言いながら全部様付けじゃねえか。

そして飼い主様はどういうことだ。


「特に飼い主様がオススメじゃ、妾の欲求とお主の欲求が同時に満たされる」

「そんな欲求はねえよ」

「正直になっても良いのだぞ」

「今の俺は過去最高に正直だ」


人を勝手にドMにするな。

確かにオレアンダーに踏まれて悦びそうな愚民はこの世に数多くいそうだが、俺は違う。

俺にそういう性癖は断じてない。


「ならばオレアンダーで良い、お主も気楽であろう」

「呼び捨てでもいいのか?」

「お主に妾を敬わせるのは無理そうじゃ、敬語の使い方すらとうの昔に忘れておるではないか」


そういえば確かにさっきから敬語使ってないな。

皇帝相手にこれって大丈夫……なわけがないよな。

オレアンダーは気にしてないみたいだが、周りの目があるところでやったら不敬罪で処刑されかねない。

今後は気を付けよう、こういうのは習慣付けていかないと。

まおめっちゃ難易度高そうだけど。

正直こいつに敬語使ったら負けのような気がするし。


「お主は面白いな異邦人、斯様な間抜け面でなく整った顔をしていれば傍らに置いたものを……残念じゃ」


おもしれー男認定食らったぞ、何が琴線に触れたんだ。

そして誉められると同時にdisられた。

もうやだこの皇帝。


「ただどうしてもと言うなら妾専用の脚置きとして使ってやらんこともない」

「お前は何を言ってるんだ」

「提案を受け入れるなら、そこいらの貴族より豪勢な暮らしをさせてやろうと思うておるが?」


どうやら俺の尊厳は思いの外高く売れるらしい。

ここまで来るとドMでもいいかと思い始めてしまう……これは非常にまずい。

今俺に必要なのは強い意思、強い意思だ。


「少し考えさせてほしい」


ダメだ、欲望に押し切られそうになるのを食い止めるので精一杯だ。

ちなみにこの場合の欲望とは物欲のほうであって、断じて踏まれたいとかではない。

本当なんです信じてください。


「妾は気が短い、明日には他の椅子を発注してしまうやもしれぬ」


クソッ、オレアンダーがめっちゃニヤニヤしてやがる。


というかさらっと脚置きから椅子になってるぞ。

先程まで俺の背中に乗る可能性があったのは脚の重さだけなのに、いつの間にかオレアンダーの全体重が乗る可能性が出てきている。

こんな事が許されていいのか。


「にしても少々意外じゃな」

「何が」

「お主がこの世界に順応しておることが、じゃ」


脚置きになるかどうか悩んでいることかと思ったら違った。


というか俺の順応っぷりはそんなに意外だろうか。


まず言語面の苦労がないのが大きい。

文字は読めないが、聞き取りに関してはテレビ番組を見て内容がわかるくらいには完璧。

こちらの言葉も、たまに固有名詞で認識の齟齬が生じることはあるようだが概ねしっかり伝わっている。

もう魔法様々としか言いようがない。

便利過ぎるだろう。


そしてこのホテルの一室をとってもそうだが、置いてある物や設備の仕組みがだいたい元の世界と同じなのだ。

お陰様で異世界というより海外……いやまあ俺は海外に行ったことなんて一度もないので正確には知らないが、海外の高級ホテルはきっとこんな感じなんだろうという感覚で過ごせている。


あとは食べ物と水、このあたりでも全く苦労していない。

質も味も合わないということは全くなく、料理は”死の砂漠”で出た簡易的なものからこのホテルで出てきた豪勢な物まで美味いと思うし、水は水道水も余裕で飲める。


帝国の外に出れば全てが合わないしんどい世界という可能性も無くはないが、少なくとも俺が今いるのは帝国だし出る予定もない。

環境的にも文化的にも非常に適応しやすく、正直なところ俺以外の人間であっても簡単に順応できるだろうと思っている。


「元の世界に戻りたいという願望はないのかえ?」

「帰りたいと言えば帰りたいが……」


元の世界に対する思いは、今の時点ですら「いつかは帰りたい」とかそんな程度。

この先もっと願望としては弱くなるかもしれないとすら思う。


そうなっている理由としては自分に凄い能力……俺の場合は“オルフェーヴル“だな、それがあるおかげでこの世界でもやっていけそうな気がするのが一つ。

これに関しては所謂「異世界転生チート物」の主人公たちの気持ちがわかる気がする。

あとは今のところ周囲の人々が良くしてくれてるのが一つといったところか。

ロンズデイルに少尉、ストーンハマーのおっさんにメアリ……俺がこの世界に馴染めてるとしたら彼ら彼女らのおかげも大きいだろう。


「異邦人よ、お主は実に逞しい精神性の持ち主じゃな」


以前少尉にも同じ事を言われたのを思い出す。

まあ少尉とベルガーンにはこの話題以外でも図太いとかメンタル鋼とか言われまくりだけど。


「普通じゃね?」

「妾は寛大な心の持ち主故、お主のその世迷い言も否定せずにおいてやろう」


本件に関して皆こういう反応になるのは何故だ。

至って普通だろうと言いたい。


「さて……どうやら魔王は帰ってこぬようだし妾もこの辺りで失礼するとしよう」


最後の一本、要するに持ち込んだ酒を全部空けたオレアンダーが立ち上がる。

俺はまだ二、三杯しか飲んでいないのに、何でなくなるんだよ。

どんなペースだ、そしてそれで酔った様子がないのはどういうことだ。


「また遊びに来る故、それまでに椅子の話は結論を出しておくのじゃぞ」


また椅子、もう脚置きではなく椅子で確定らしい。

脚置きならともかくさすがに椅子は……ダメだ、また防衛線が後退している。


そんな俺の葛藤を見てクスリと、とても美しく笑ったオレアンダーは手を振り、出口へと向かっていく。


手ぶらで。

テーブルの上に酒瓶や食器を散乱させたまま。


「おい後片付け」

「ホテルの者にやらせよ」


持ってくるのはいいが片付けは嫌とか典型的なダメ人間じゃねえか。

いやこいつは皇帝だから自分で持ってくるだけ偉いのか……?

俺は二の句が継げぬまま、颯爽と去っていくメイド服を着た女の後ろ姿を見送る。

こんな時どんな顔をしたらいいんだろうか。

俺にはそれが全くわからない。


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