第三章:その9
女帝クローディア・アイアンハート。
そんなやたらとゴツい名前の人物が、このオルランティア帝国の皇帝らしい。
ストーンハマーのおっさんの名前もすげえなと思ったが、似たような名前はけっこういるのだろうか。
今現在俺の目の前で酒を浴びるように飲んでいるオレアンダーとかいう女とその女帝、二人が同一人物であるという確証はない。
めっちゃニヤニヤしているので間違いなく本人なんだろうなあとは思うが、 本人だとしたら何で皇帝が俺の部屋に来て酒を飲んでるんだという話になる。
メイド服を着ている意味もわからない。
「先程まで妾をぞんざいに扱っていた者が畏れおののいてておるわ、これぞ権力の醍醐味よの」
うわあすっげえ楽しそう。
ちなみに俺は困惑してるだけで特にビビってはいない。
本当です信じてください。
というかだんだん腹が立ってきたんだがどうしたものか。
当たり前の話だが俺は国のトップと一対一で会話した経験などないし、そんな立場の人間にからかわれた経験はもっとない。
だからこういう時どうしたらいいのか、あとはこのストレスをどうやって発散したらいいのかがわからない。
「十分に満足した故、もう肩肘を張らずとも良い」
そんな思い悩む俺を尻目に、オレアンダーはひとしきり笑ったあと酒盛りを再開した。
こいつ、傍若無人が服を着て歩いているみたいな奴だな。
「それで、皇帝陛下は何しにこちらへ?」
「先程言ったであろう、妾は異邦人と魔王の顔を見に来たのだ」
俺とベルガーンが帝国にとってとんでもなく貴重な存在だというのはわかる。
ストーンハマーのおっさん始め考古学者連中がやべえテンションになったのも見ているし、この厚遇もそんな存在故にの扱いなのだろう。
「一人で?」
だが皇帝が一人で会いにやってくる理由にはならんだろう。
ましてや酒を持ってメイド服でとか意味がわからない。
もしかすると帝国の女性、特に上位の階級に属する連中はそういう突飛な行動が当たり前なのだろうか。
それこそメアリみたいに。
「共がいてはのんびり酒も飲めぬではないか」
違うんだ、俺が聞きたいのはそういうことじゃないんだ。
まさかとは思うが、こいつ酒を飲む理由に俺を使ってるだけじゃないだろうな。
「やれ飲み過ぎだの食べ過ぎだの……王宮にいると息が詰まる。飲食くらい妾の好きにさせろという話よ」
なんか愚痴が始まったが、そりゃこんなペースで飲んでたら俺だって止めるわ。
こんな短時間に三本も……空き瓶一本増えてるから四本か、もうザルとかウワバミとかそういう次元じゃないだろこれ。
少しは肝臓を労ってやれよ。
あとどう考えても高い酒なんだからもう少し味わえ。
「護衛とかは?」
「必要ない」
即答。
必要ないって何だ、何をどう考えても必要あるだろう。
「この国で最も強い者が誰かわかるか?妾じゃ、故に護衛なぞ要らぬ」
すごい自信だ。
そんなに強いのかこいつ。
だが、いくら強いからといって皇帝が単独行動するのはまずいのではなかろうか。
いや絶対まずいと思う。
一人でいるところを襲われたら呂布だって死ぬだろうし。
「そして妾には影武者が五人、そちらはちゃんと護衛付きで行動しておる。六人の妾の中で護衛もつけず、斯様な衣装で給仕の真似事をしている者をお主は本物と思うのか?変わっておるな」
いやそこまでするならお前自身にもつけろよ、一人だけ護衛いないとかめっちゃ目立ってるじゃねえか。
というかなんで影武者には護衛つけて本人の護衛はゼロとかいう警備体制にゴーサインが出るんだよ。
どうなってるんだこの国は。
……もしかして猛反対されたけどオレアンダーが押し切ったとかそんなんだろうか。
もしそうなら周囲の人間の苦労が偲ばれる。
強いとか弱いとか抜きに、周囲の安寧のために護衛をつけることを受け入れてやってほしいと他人事ながらに思う。
「ところで何故給仕の真似事を?」
「男どもはこういうのが好きだと聞いてな、妾なりの接待じゃ」
そんな理由で皇帝がメイド服を着るな。
いやまあ好きだけど。
ありがとうございます。