第三章:その8
正直現在の状況には若干の既視感がある。
そう、メアリが初めて訪ねてきた夜のことだ。
同時に、メアリにも散々振り回されたがあいつはまだ優しかったなあ等と考える。
「異邦人、お主のグラスが空だがふざけているのか?」
「どこに酒を注ぐタイミングがあった」
「まったく、妾一人で飲ませる気か」
オレアンダーはそんな文句を言いながら俺のグラスに酒を注いで……あ、空になった。
言葉とは裏腹に、俺に飲ませる気があるようには思えない。
酒は今二本目が空いたわけだが、俺のグラスに注がれたのは今が初めて。
何なら酒の色を確認する暇すらなかった。
二本目は白のワインっぽいが、一本目がどんな酒だったのかはもう永遠に闇の中だ。
飲んだオレアンダーも覚えてはいないだろうという確信がある。
なんかもう、メアリとこの凄い女を比べてはいけないような気がする。
メアリはあんなキャラでも気遣いができる子だった。
差し入れとして持ってくるお茶やお菓子は俺のためだったしな。
対するオレアンダーは、たぶん自分が飲み食いするためにこの酒やつまみを持ってきている。俺はついでだ。
部屋に持ち込んだのがどう考えても一人で飲み食いできる量ではなかったので最初は一緒に飲む気だろうと思っていたが、開始早々「こいつなら全部平らげそう」という考えに変わった。
飲むペースがおかしいとしか言いようがない。
「ほれ、乾杯じゃ」
「乾杯って普通一杯目でやるものなんだが、この世界では違うのか」
「いちいち細かい男よな、そんなことはどうでもよかろう」
言動は完全に酔っ払いのそれだが、顔色も変わらないし呂律もしっかりしていて酔っているようには見えない。
おそらくこれが素なのだろう。
こんなハイペースでこの量を飲んでこれかよということと、酔ってないのにこの絡み方かよということに若干引く。
「それで、オレアンダーは帝国の偉い人の娘さんかなんか?」
飲み方と態度に関してはツッコミも無駄そうだし、考えても疲れるだけだろう。
なので俺は話題をオレアンダーの正体に戻すことにした。
とりあえず俺としてはメアリという前例がある以上この可能性が一番高いと思っている。
あまりにもシチュエーションが似通いすぎてるし。
窓から侵入してきたメアリとメイド服を着て訪問してきたオレアンダー、違いはそのくらい。果たしてどっちがより変な女なんだろう。
あとは俺の脳にこびりついて離れない、TSしたベルガーンという可能性。
こちらは一刻も早くNOで確定させてくれ。
「妾の親が偉いのは否定せぬがな」
そんな俺の推測を聞いたオレアンダーは酒を飲む手を止め、何やら愉しそうな表情を浮かべながらこちらを見てくる。
間違ったことを言っているわけではないが真実を言い当てたわけでもないと、そんな感じの口ぶりと表情だ。
「まあ俺はあんたが女体化したベルガーンでなければ何でもいいんだが……」
「そんなわけなかろう、お主頭大丈夫か?」
酷いちくちく言葉だな。
というか俺だってあり得ないと思いたいわ。
まあ何にせよこれで俺にとって最大の懸念は明確に否定された。
安堵安堵。
「そうじゃ、そのベルガーン……魔王はどこにおる」
「起きたらいなかったから知らん」
どうもベルガーンには放浪癖があるような気がしてならない。
ちょくちょくいなくなるし、いなくなるときに一言あったためしがない。
奴が魔王をやってたころ、周りはけっこう苦労したんじゃなかろうか。
「つまらんのう、異邦人は酒を飲むペースも遅いし」
「当社比やめろ」
俺が一杯目を飲み終える頃、オレアンダーは三杯くらい……下手をすればそれ以上飲んでいる。
何をどう考えても俺が遅いのではなく、こいつのペースがおかしいのだ。
そろそろ三本目も空くんじゃないかと思ってたら案の定空になった。
うーん、いい加減俺一人でこいつに対処できる自信がなくなってきたぞ。
いや当初からか。
どこに行ったベルガーン。
早く帰ってこいベルガーン。
戻ってきてこいつの相手を手伝え。
テレビ付けっぱなしでどっか行きやがって。
というかいい加減テレビ消そう。
もう少し落ち着いてゆっくり飲めるなら別だが、オレアンダーのペースを追いかける現状ではテレビを見ている暇が無い。
誰も見ていないテレビは喧しいし無駄だ。
電気……この世界では魔力か、そういうのは積極的に無駄にしていこうとこの間決意した気がするが、どうも生来の貧乏性が抜けない。
そんなことを考えながら傍らにあったリモコンを拾い上げ、テレビに向けて電源ボタンを押そうとした俺の手が止まる。
テレビには、華やかな衣装に身を包んだ女性が映っている。
流れるような黒髪で、まるで慈母のような雰囲気を漂わせる美女。
彼女は、オレアンダーによく似ていた。
衣装はもちろん髪型も違うし、笑顔の質に関しては全く違うと言っていい。
それでも彼女は、オレアンダーにそっくりだった。
今流れているのは、皇帝陛下が何かの行事に参加したとかそんなニュース。
俺はずっと皇帝は男だと思っていたが、どうやら女帝だったらしい。
まさか───
「妾の親は偉く、妾もとても偉い」
目の前にいるオレアンダーが、とんでもなく意地の悪い笑みを浮かべていた。