第三章:その7
目の前にいるメイドさんが何者なのかはさっぱりわからないが、ひとつだけ確信を持って言えることがある。
この人は職業:メイドではない、ジャンル:メイドだ。
根拠はテーブルの上、料理や酒の並べ方。
晩飯を運んでくれた人……こちらは男性のホテルマンだったが、彼はとても美しく皿や料理を整列させていた。
俺はテーブルマナーとかをまるで知らないため、雑に手をつけることになるのが申し訳なくなるほどに。
対してこのメイドさんはこれから友人と飲み会を始めますとかそんなノリの並べ方。
雑オブ雑としか言いようがない。
実家のような安心感はあるが、どう考えても高級な料理と高い食器でやる挙動ではないだろうこれは。
「よし」
一仕事終えたとでも言いたげに腰に手を当て、深く頷くメイドさん。
ずっと思っていたことだが、正直態度もだいぶおかしい。
いまだにTSベルガーン説を否定しきれない程度には尊大だ。
「準備は整った、お主も座るがよい」
そう言ってメイドさんが俺に着席を促……“も“?
今「お主も」って言ったよなこいつ。
そんな疑問に対する解答は即座に示された。
俺に着席を促したソファ、その対面の椅子にメイドさんが座ったのだ。
それも俺の着席を待たずに。
「どうした、座るがよい」
何故座らないのかとでも言いたげに、メイドさんはもう一度ソファを指差す。
俺はとてもとても困惑していた。
この人は何者で、何しに来たんだろう。
そもそも俺は晩飯を食べ終わってるし、ルームサービスなんて頼んでない。
本当にサービスで持ってきてくれた可能性も一応はあるにはあるが、運ばれてきた量を見れば違うことがわかる。
というか何だこの量、どう考えても一人での消費を想定した量じゃないだろ。
「で、メイドさん何者なの?」
俺はソファに腰掛けながら直球でそう聞いてみることにした。
探りをいれるとかかまをかけるとかそういうのが俺は苦手だから仕方ない。
というか何なら聞くのが遅すぎたかも知れないとすら思う。
「お主、細かいことを気にする男じゃな」
「少しも細かくねえわ」
目の前にいる人物が何者かって超重要情報だろ。
そしてそんな雑な受け答えをしながら、メイドさんは勝手にボトルを開けグラスに注いで勝手に飲み始めた。
この時点で俺は酒を飲むどころかテーブルの上の物に触れてすらいない。
俺の中に浮かぶ「もしかして俺に飲ませるために持ってきたのではなく、自分が飲むために持ってきたのではないか」という疑念。
聞いたら即座に肯定されそうなのがまた嫌だ。
これはもうメイドさんがホテルの関係者という線はあり得ないだろう。
ホテルの関係者が客の部屋、それもスイートルームで飲み食いなんてしたら一発でクビだろうしホテルの信用にも大きな傷がつく。
ヤケを起こした従業員という可能性も万に一つ……いや億に一つくらいはあるかも知れないが、何にしてもこのメイドさんは純度百%の不審者だ。
不審者が俺の部屋に酒を持ち込んで飲んでいる。
どんな状況なんだよこれは。
「ふふふ、そんなに妾の素性が気になるか?」
妾。
一人称が妾。
ベルガーンの「余」に続き、まさかの偉そうな一人称バリエーション実績解除。
まさか今後朕とか我輩とかわし様とか私様も実績解除されるんだろうか。
ともあれ、このハイペースで酒を飲み続ける偉そうなメイドさんの正体は気になって仕方ない。
というより早めにTSしたベルガーンではないという結論を出したい。
同じ偉そうな態度というカテゴリでも系統はだいぶ違う気はするし、何より実体があって飲み食いしてるって時点で違う気はする。
だがそんなものは決定打にはならない。
あいつは魔王だ、俺に言ってないだけで実は何でもありな可能性は十分に存在する。
「そんなに気になるなら教えてやらんこともない」
メイドさんはそんな俺の態度に気を良くしたらしい。
なんか腹が立つが、ここは「是非お願いします」と言う他ない。
とりあえず、俺は目の前にいるメイド服を着た美女が突然メイド服を着た筋肉ダルマに変身するとかいう恐怖体験だけはしたくない。
これはかなり切実だ。
そんな光景を見たら、きっと数日間は夢に見る。
「妾の名はオレアンダー、“死の砂漠“から来たという異邦人と魔王に会いに来た」
オレアンダーと名乗った女はそう言ってグラスを空ける。
俺はその自己紹介に何かを感じるより先に、早くもボトルが一本空いたことに若干の恐怖を覚えた。