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魔王と行く、一般人男性の異世界列伝  作者: ヒコーキグモ
第三章:一般人男性、皇帝に拝謁する。
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第三章:その4

正直俺は普段から割とおかしな挙動をしている人種だという自覚があるのだが、帝国ホテルに入ってからは輪をかけて酷くなった気がする。


まず入り口の回転扉。

ここでうまく抜けられず余計に一周した。

これに関しては、回転扉という物体に対する知識はあったが実際に遭遇したのは人生で初めてなので仕方ない面もある。


『何をしとるんだ貴様』


仕方ないったら仕方ないんだ。

だから魔王、呆れ返った目で俺を見るな。


次にエレベーター。

そう、このホテルというかこの世界にはエレベーターがあった。

どうやら俺の世界のエレベーターとは原理が全く違うらしいが、案内係のホテルマン……ホテルの入口でドアマンから役目を引き継いだ人の操作を見ている感じでは操作方法に関してはそう変わらない。

案内板もボタンも書いてある文字はどれひとつとして読めないが、それでもフィーリングで行けそうな気がした程度には「俺の知ってるエレベーター」に近い存在である。


そんな代物なので触ってみたいという欲求はあったが、流石の俺も目的地も何も知らない状況で雑にボタン操作ができるほど愉快に生きられはしない。

黙ってホテルマンの後ろに待機だ。

そうすれば何の問題もない。

彼の案内に従ってれば普通は何もやらかさない。


───だが、そんな状況で俺はやらかした。


降りる予定の階より前、上階に向かう客が乗り込もうとした場所で降りようとしたのだ。

ほぼ条件反射である。

「違いますよ」とホテルマンがやんわり止めてくれたが、恥ずかしいったらない。

乗り込んできた身なりのいい男性と……正直愛人だろうなって雰囲気の美人さんが俺のほうをチラチラ見てきたのがとてもとても気まずかった。


『少しは落ち着け』


うるせえよ。

お前は落ち着きすぎなんだ。

そんな文句は言いたいが、この狭いエレベーター内で虚空に向かって話しかけると本気でやべえ奴になってしまうので自重した。

必死に自重した。


そうこうしているうちにエレベーターは目的の階に到着。

今度はしっかりとホテルマンに促され、ようやくこの居心地の悪い空気から解放されると急いで出ようとした時───俺は出口で躓いた。


恥ずかしいったらない。

マジで恥ずかしいったらない。

これに比べたら先程のやらかしはやらかしのうちに入らないだろう。

美人さんはおもいっきり吹き出していた。

クソデカため息はベルガーンだろうか。

本当に、本当に勘弁してほしい。


ともあれそんな紆余曲折、長い長い戦いを経て俺はようやく目的地に到着したわけである。

ところで俺は一体何と戦っていたんだ。

自分自身とだろうか、それとも羞恥心とだろうか。


目の前には何かの文字が書かれたドア。

材質は木、文字はたぶん部屋番号か何かだろう。

ドア自体も大概高そうだが周囲、廊下に敷かれた絨毯から壁に至るまでの全てが高そうに見える。

いやまあ間違いなく高いんだろうけど。

改めて、とんでもないところに来てしまった気がする。


「どうぞ」

「あっはい」


ホテルマンがドアを開け、にこやかに入室を促してくる。

対する俺はやはり語彙が死んでいた。

もうちょい気の効いた返しができたかも……いや俺がやっても滑るだけだろう。

というかエレベーターでコケた奴が気の利いたこと言っても寒いよな。

絶対にやめておこう。


結局俺は特に何も言わず、促されるまま部屋に入った。

背後でドアが閉まる前、去り際にホテルマンが何か言っていたような気がするが、俺の耳には届かなかった。

もしくは俺の脳を素通りしていった。


「すっげ」


もうそれ以外の言葉はない。

語彙はもう完膚なきまでに死んだ。

とはいえたぶん俺の語彙がまだご存命だったとしても、それ以外何も言えなかっただろう。

それほどに俺は圧倒されていた。


そこは、綺麗な部屋だった。

掃除が行き届いているという意味の綺麗さもそうだが、部屋自体が美術品のように美しい。

絨毯、壁、カーテン、照明、椅子、テーブル。

なるほど、これが調和って奴かと思う。


───360度どこを見ても、俺が存在して許されそうな場所がない。


「まさか俺ここに泊まるの?」


答えてくれる者はどこにもいない。

助けを求めるように背後を振り返れば、そこにベルガーンの姿はなくなっていた。

いつからいなかったのかもよくわからないが、とりあえず行方不明だ。


「えぇ……?」


俺はこんな時、どんな顔をしたらいいんだろうか。


人生初、高級ホテル。

人生初、ベッドルームが区切られている高そうな部屋。

何度も言うが、絶対に高い。

確実にスイートとかいう名前がついてるだろうという確信がある。

元の世界での俺は安アパートに暮らし、遠出するとしたらカプセルホテルを選択する貧乏人。

そんな奴がこの部屋を使って……そもそも入って大丈夫なのだろうか。


「あとから払えって言われても払えないぞ……」


何の説明もなく高級ホテルに放り込まれると、人間はかくも不安に陥る。

これってトリビアにならないだろうか。


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