第三章:その3
「はえー、すっごい」
オルテュス……正確にはその圏内に入ってから俺はそんな語彙の失われた感想ばかり言ってる気がする。
だが実際それしか言いようがなくなるんだから仕方ない。
第二城壁を抜けてからは大きく長い真っ直ぐな石畳の道が続いている。
常に王城ヴェールドメインが真正面に見えるので、きっとこれがメインストリートなんだろう。
道幅は片側二車線プラス歩道、ってくらいだろうか
幅は街道とそう変わらないが、石畳でしっかりと舗装されていたり時々第一城壁で見たような紋章が描かれていたりと街道よりもさらに金がかかっているのは明らか。
そんな整備された道をさほど多いわけではない車が皆ゆっくりした速度で走り、その合間を人やチャリ、馬やよくわからない動物に乗った人々、あとは”魔法の杖”や得体の知れない機械なんかが横切っていく。
帝国の交通ルールはどうやらだいぶ緩いらしい……というか見た目がなかなかカオスだ。
道の両脇に目を移せば、オーレスコよりも一回り大きな建物が建ち並んでいる。
見た感じそのほとんどが飲食店や商店っぽいな。
その上様々な露店、屋台もあれば地面に敷いた布の上に商品を並べた露天商もいるし何ならキッチンカーにしか見えない物までいる。
メインストリートならではなのかもしれないが歩く人に立ち止まる人、なんというか凄い賑わいである。
ここまでになると流石のベルガーンも俺同様に興味津々、奴にしては慌ただしく周囲を見回している。
俺みたいに間の抜けた感想は漏らさないが。
「このまま城に行くのか?」
「今日は宿泊施設にお連れしろってさ」
宿泊施設かあ……。
どうにも身構えてしまう。
思い出されるのはオーレスコで寝泊まりした病室みたいな部屋。
研究所だし客室でも何でもないから当たり前なんだが、正直何も無さすぎた。
備え付けの本は読めねえし。
二日目以降は毎日メアリが来たから暇はしなかったが初日は……と考えて、俺はだいぶメアリに救われていたのだと思い至る。
暇という難敵を退けてくれたことには感謝だな、正直あいつ自体も難敵だった気がするけど。
そういうわけで改めて、サンキューメアリ。
「宿泊施設ってのはまた研究所?」
「いや、違う」
違うらしい。
じゃあ一体どんなところに行くんだろう。
俺の脳内では微妙な期待と微妙な不安が何とも言えないせめぎあいを始める。
部屋を用意してもらえるだけありがたいとは思うが、それはそれとして変な場所は困る。
出来れば何か暇を潰せるものとふかふかのベッドとうまい飯を……などと今度は際限のない欲望が顔を出してきたあたりで、ふと視界にその建物が映る。
それは高く大きな建物。
窓の数から想像するに、十階建てくらいなんじゃなかろうか。
王城とは比較にならないが、少なくとも第一、第二城壁よりも高い。
見た目は何というか……レンガ造りのビルとでも言えば良いんだろうか。
バルコニーらしきものも見える外観は非常に洒落ているように思う。
なんというか、観光地に建ってるホテルみたいな趣の建物だった。
あれがホテルかどうかはわからないが、俺は生まれてこのかた高級なホテルというものに泊まったことがない。
一度でいいから一泊何十万とかの部屋に泊まってみたいものだ。
出来れば今回の宿泊施設がそういう場所だったら良いな───などと考えていた俺を乗せた車は数刻後、その建物の入口で停車した。
「えぇ……?」
困惑する俺をよそに、助手席のドアが開く。
「ようこそおいでくださいました」
開けたのはドアマン。
そう、ドアマンと呼ばれる車のドアを開けてお客様を館内までご案内するのが仕事な人だ。
ビシッとした、制服と思しき装いに身を包んだ男性が爽やかな笑顔を俺に向けている。
「足下にお気をつけください」
「あっはい」
促されるまま俺は車を降りる。
俺は生まれてこのかた他人に車のドアを開けてもらうという体験をしたことがない……いや、なかった。
勝手に開閉するタクシーがそれに含まれるなら経験済みだが、流石にそれは含まれないだろう。
そんなわけで勝手がわからない。
ドアマンにどう接するべきか、などという知識は俺の頭の中には存在しない。
というかわからないのは「なんでこんなところにいるのか」ってところからなんだが。
背後でドアマンと運転席に座ったままの少尉が何事か話している。
……俺はどうしたら良いんだろう。
とりあえず待ったほうが良いのか、それともこの建物に入ってしまっていいんだろうか。
「じゃあごゆっくり」
「えっ、少尉は」
「行くわけないでしょ」
無慈悲としか言いようがない。
コンビニ弁当ばりに冷えきった挨拶を雑に交わし、少尉は俺を置いて走り去っていった。
残されたのは俺とドアマン、あとは建物に興味津々といった様子のベルガーン。
ちなみにドアマンには姿が見えていないようだ。
「ようこそ帝国ホテルへ、ご案内いたしますホソダさま」
「あっはい」
俺の会話スキルは死んだ。
というより、そもそもこういった場面で使えるスキルが備わっていたかはだいぶ怪しい。
何にしてもしばらくは、何を言われても「あっはい」と「ダイジョブです」しか言わなく……言えなくなるような気がする。
それはそれとして、この建物は外観から予想した通りホテルだったらしい。
そして帝国ホテルという名前とドアマンがいるという時点で、お値段が張りそうという予想もきっと当たっているだろう。
俺は生まれてこのかた高級ホテルというものに泊まったことがない。
だがそれはどうやら、明日には過去形になってしまうらしい。