第二章:シオン・クロップとウイリアム・ロンズデイル
三人称視点です。
数日後。
研究所の中庭にあるベンチで、一組の男女が隣り合わせに座っている。
男の階級は少佐、女の階級は少尉。
彼らは男女の関係でもないし特別仲が良いわけでもない、ただの上司と部下。
本来であれば、彼らは既にこの街を発ち帝都へと向かっているスケジュールだった。
スケジュールがズレる原因となったのは、細田隆夫とメアリ・オーモンドの誘拐事件。
誘拐された人物の重要性もさることながら白昼堂々、公爵家の本拠地に重武装のテロリストたちが侵入してきたという事実は各所に衝撃を与えた。
そのためやむをえないことではあるが事後処理が延びに延び、ようやく確定した出発予定日は明日。
そして出発の準備は既に終わり他の隊員たちが各々自由に過ごす中、彼らはいつも通り仕事の話をしていた。
「私の処分はなし、ですか」
「そうだ」
結論から言えば、誘拐事件の記録から異世界人に関わる情報全てが消えた。
シオンが護衛として同行していながら、みすみす誘拐を許してしまったという事実もだ。
事件は誘拐された公爵令嬢を一人の軍人……シオンが救いだしたという、まるで物語のような代物として記録されることとなる。
「公爵は君にとても感謝していたよ」
「そうですか」
シオンがメアリを救出したのは事実だが、護衛に失敗したのもまた事実。
そのうち都合の悪い事実だけがなかったことになり感謝される。
なんとも変な話だ、とシオンは考える。
とはいえ彼女がそれを口に出すことはない。
よくある政治的判断、自身には関係のない場所で出た結論。
あまりにもよくある話であり、それに従うのが自分の仕事であると割りきっていたからだ。
「それで、連中の正体ってわかりました?」
「目下調査中だが……難しいだろうな」
襲撃者たちが何者かを示す手掛かりは、人からも物からも出なかった。
彼らは身元を示すような物を何も所持しておらず、帝国内で何かに登録していたわけでもなければ何かに記録されるような経歴も持っていない。
装備品も高価かつ入手が難しい代物が多かったにも関わらず、入手経路もどこで作られたものかも不明。
また残った仲間、逃げた数人も完全に姿を消し、消息不明となっている。
この先時間をかけても新しい手がかりが出るとは思えず、「謎の集団」と結論付けられることになるだろう。
唯一の手掛かりになり得たのは、隆夫によって無力化された魔導師三名。
彼らは命に別状がない状態で確保されたこともあり、早々に帝国貴族の私兵であることが判明した。
貴族の名はアップルトン男爵。
オーモンド公爵とは違う派閥に属し、軍との折り合いも悪い人物だった。
「アップルトン男爵が死んだのが痛い」
そう、彼は既に過去形で語られる人物となってしまっている。
事件直後、オーモンド公爵家はすぐさま男爵家に対して公式な使者を派遣した。
だが使者が男爵からの直接事情説明や申し開き、反論を聞くことは叶わなかった。
その時既に、男爵は妻や子供たちと共に自殺していたのだ。
遺書として残された文書に並んでいたのは、公爵への恨み辛み。
誘拐事件もそれに端を発するものであるということが切々と書かれていた。
無論その遺書の内容を真に受けた者はいない。
それどころか多くの者は男爵の死を自殺ではなく他殺と考えている。
単純な口封じか、無関係だったにも関わらず責任を押し付けられたか、それを判断する材料は存在しない。
いずれにしても「男爵は帝国内部、あるいは他国の人間によってトカゲの尻尾のように切り捨てられた」というのがこの件に関わった者たちの共通認識。
そして、それ以上を探る術はない。
追うには手掛かりが少な過ぎ、逆に疑わしい人物や組織は多すぎた。
「続かないといいですね」
「まったくだ」
言葉とは裏腹に二人には共通の、漠然とした予感があった。
巨大魔獣の群れによる襲撃という異常事態。
公爵令嬢の誘拐という大事件。
一つ一つでも大きな出来事が数日の間に立て続けに起こった。
だがそれらはもしかするとただの前哨戦にすぎないのではないか、と。
アルタリオンの発見と異世界人の来訪。
そこに端を発する流れはこれからも続き、さらに大きくなっていくのてまはないか、と。